❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第6章 人酒を飲む、酒酒を飲む、酒人を飲む
その表情が上手い悪戯を思い付いた仔猫のそれに見え、男が思わず笑みを滲ませる。膳の上に置いていた盃を片手にして口をつけた後、軽く濡れた唇を浅く覗かせた赤い舌先でぺろりと舐めた。やがて盃を持つそれとは反対の手を伸ばし、凪の唇を親指の腹でなぞる。
「ならば、口付けのおねだりと捉えるか」
「……二人きりの時なら異論なし、です」
人目につかないからこそ言える、凪にしては少しだけ大胆とも言える返答に男が満足気に笑った。彼女の唇をなぞった親指を離す代わりに軽く身を寄せ、自然と口付けを交わす。柔らかな箇所がしっとりと重なり合い、戯れのように啄み合った。ちゅ、ちゅ、と二人の間で奏でられる小さな音が、静かな夜の空気に溶ける。深くならないままでどちらからともなく離れれば、凪が嬉しそうに面持ちを綻ばせた。
(こうやって二人きりでゆっくりするの、本当に久し振りだなあ。最近は光秀さん、色んな所に視察行ったり、公務で帰りが遅かったもんね)
元々多忙な身の上の光秀だが、厳しい冬を越えて近頃ようやく春めいて来た事で仕事が急増していたのだ。近隣の農村の状況や自身の領地の管理、日々溜まっていく公務などにかかりきりで、中々凪との生活サイクルが合わなかったのである。故に、こうして二人でのんびり晩酌出来るのはある意味贅沢なひとときとも言えるのだ。光秀からの誘いに二つ返事で応じ、即席ながらも気合いを入れて肴を用意したのには、そういった背景もあった。
「光秀さん、これ食べてみてください」
「ちぢみとやらか。どれ、一口もらうとしよう」
酒ばかり進められては困ると、凪が光秀に促す。先程説明を受けた見た事のない料理へ視線を落とし、男が箸を手にしてそれを凪へ当然の如く差し出した。きょとん、と眸を瞬かせた彼女へ微笑し、光秀が首を緩く傾げてみせる。
「当然、甲斐甲斐しい俺の連れ合いなら食べさせてくれるだろう?」
「もう、私が断らないの知ってて言うんだから」