❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第6章 人酒を飲む、酒酒を飲む、酒人を飲む
「なに、信長様には少々甘すぎたんだろう」
「言われてみれば、確かにそうかも?」
肩を軽く竦め、光秀がそんな事を告げる。どちらかといえばこの酒は、女性が好む味わいと口当たりの良さだ。酒などどれも同じだと豪語する光秀はともかく、信長が飲むには物足りないかもしれない。
(あれ……でも献上品って相手の好みに合わせて普通は贈るものだよね。わざわざ口に合わないお酒を、よりによって信長様相手に贈ったりするかな)
凪はとうに信長が下らない理由で誰かを手打ちにする事は無いと理解しているが、それと世間が持つ印象はまるで異なる。そうでなければ、第六天魔王などという呼び名は広まらないだろう。
そんな相手の機嫌を損ねる可能性のあるものを、信長とそこそこ付き合いの長い会合衆の面々が贈るなど有り得るのか。内心首を捻り、小さな違和感に思考を巡らせた凪の様子を見て、光秀は盃の中身を空にするとそれを彼女へ差し出した。
「急に誘いをかけたにも関わらず、肴の種類が豊富だな」
「たまたま夕餉の材料が余ってたので、それを分けてもらったんです。あとこの黒豆の甘煮は光忠さんからの差し入れですよ」
膳の上には急拵えの割りに様々な品目が並んでいる。その中のひとつ、艶やかな黒豆の甘煮が綺麗に盛り付けられた小鉢を指して凪が屈託なく笑った。豆を御召し上がり下さい、と日常的に声がけをして来る従兄弟兼家臣の男を思い起こし、光秀が何処か苦笑めいた調子で首を傾げる。
「……これは喜ぶべきものなのか?」
「光秀さんの健康第一なのは賛成です」
「やれやれ、お前を味方に引き入れられては敵わないな」
冗談めかしたように小さくくすりと色香の滲む笑みを零し、光秀が隣に座る凪の頬を指の腹で撫でた。差し出された空の酒器へ彼女が酌をすれば、仄かな違和感を醸し出す献上品の件など、すっかり記憶の端へ追いやられてしまう。
今日の酒の肴は、根菜の野菜スティックと馬鈴薯(ばれいしょ)の炒め煮とごぼうの唐揚げ、ニラのチヂミだ。