❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第6章 人酒を飲む、酒酒を飲む、酒人を飲む
光秀が腰を下ろすと、月明かり代わりに行灯の頼りない明かりで交わす、小さな酒宴が幕を開ける。
「光秀さん、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
光秀が信長から下賜(かし)されたという酒が入った銚子を、凪が傾けた。酌を受ける器は、以前同じく信長から頂いた二人揃いの引き盃だ。酒器に透明な酒が満たされ、盃に描かれた花弁がまるで浮いているように見える。普段は先に一杯呷る男が、一度それを膳の上に戻すと凪に銚子を求めた。
「飲まないんですか?」
「今宵はお前と共に飲みたくてな」
不思議そうに問いかけた凪に向かい、光秀が微笑する。その言い草にさえどきりと鼓動を跳ねさせて、凪が乞われるままに銚子を渡した。自らの酒器にも、透明な濁りのない酒が満たされる。注いだ瞬間に薫るそれはとても上品なもので、光秀が当初声をかけて来た通り、良い酒と評されるものなのだろう。そもそも、信長が質の劣るものを下賜するとも思えないのだが。
互いに盃を満たし合い、視線を交わす。光秀とこうしてゆるりと過ごす夜は久方振りだ。交わった金色の双眸に彼女が胸を高鳴らせ、どちらからともなく盃へ口をつける。
「美味しい……香りも良いし、口当たりもまろやかです」
「確かに香りがいいな。元々この酒は、堺の会合衆から連名で献上された品らしい」
「えっ、そうだったんですか?信長様に献上されるくらいだから、きっと凄いお酒ですよね。そんなお酒を下賜されるなんて」
酒は凪でも飲みやすい甘口寄りであり、雑味のない味わいから、とても丁寧に醸造されている事がよく分かる。良い酒は香りだけでも十分に酔えるなどと言われているが、言い得て妙といったところだ。久々に堺港を信長から任されている会合衆の名を耳にし、凪が眸を瞬かせた。
そもそも献上品という時点で他とは一線を画す仕上がりだろうに、それを躊躇いなく家臣へ下賜する信長の懐の広さ具合も中々のものである。さすがは天下人というべきか。