❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第6章 人酒を飲む、酒酒を飲む、酒人を飲む
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信長様から良い酒を賜った。凪、付き合ってはくれないか。
光秀からそう誘いをかけられたのは、彼が公務を終えて下城し、御殿へ戻ってすぐの事であった。調薬室の仕事が非番の凪がそれを聞いて嬉しそうに頷き、早速酒の肴の支度へ取り掛かるべく、厨へと足を向けてから半刻(一時間)。急遽の晩酌という事で、厨にある有り合わせの食材でつまみを用意し、光秀の自室に二人きりの小さな酒宴の場を整えた。
新年が明けてから早ふた月、弥生に入ったとは言えど、朝夕は身震いする程の寒さだ。さすがに障子を開けて月見酒とはいかず、いつも通り見慣れた行灯のぼんやりとした橙色の明かりを頼りに膳を置く。食事時と同じく、互いに向かい合う形で整えたそれを見て、光秀が微かに双眸を瞠った。
「せっかく久々の晩酌だというのに、これでは味気無いだろう」
そう言って光秀が、凪の置いた膳を手にすると、そっと場所を移動させた。二つの膳が並び合う形で置き直され、凪が面映ゆそうに唇を綻ばせる。
「障子を開けられないのが、やっぱり残念ですね」
「開けた途端にお前が凍えてしまうからな」
「光秀さんにだって風邪引かれたら困りますよ」
月の満ち欠け具合を考えれば、満月とは言えない欠けたものが空に浮かんでいるのだろうが、それでも二人で月を眺めながら飲む酒はきっと格別な筈だ。光秀が冗談めかして唇に笑みを浮かべてみせると、彼女もまた困ったように眉尻を下げる。とはいえ実際、乱世へタイムスリップしてから、ずっと光秀と共に過ごしているが、彼が風邪を引いたところなどそもそも見た事がない。身体の鍛え方が違うのかな、などと考えながら凪が膳の前に腰を下ろした。
「月見酒は暖かくなった頃に、またするとしよう」
「はい、楽しみにしてます」
本当は月など眺めずとも、隣に愛しい女がいれば十分過ぎるのだが。とは、先々の他愛もない約束を交わした事へ嬉しそうな様を浮かべる凪の手前、敢えて口にはしなかった。