❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第5章 掌中の珠 後編
だが、自身がこの世へ生まれた日を特別なものと感じた事など一度もなかった。忌み子が生まれた日────物心ついた頃からずっと、その【特別な日】は姉の誕生だけを祝う日だったから。
誰かに生まれて来た事を当たり前のように喜ばれ、心から祝われる日が来るなど、過去の自分には想像もつかなかっただろう。
ましてそれが……────。
(俺に人を愛する事を教えてくれた、お前やお前の血を分けた子供達からなど、尚更)
「お前達の好意だ。有り難く受け取らせてもらおう」
「じゃあ決まりですね…!ふふ、楽しみです。光秀さんも一緒にお祝いしてくださいね?」
「お前が望むのならば、そうしよう。……それに、たまには多忙な身の上の従兄弟を労うのも悪くない」
「父上がそう言うと、何か企んでそうに聞こえますね……」
「おいわい、たのしみ!」
「ワクワク!」
帰蝶が口元へ微かな笑みを浮かべて応えれば、凪達が笑顔で喜びを露わにする。愛した最初で最後の女性は他の男の隣で笑っているが、その表情が幸福に満ち足りている様を目にして、帰蝶の胸の奥が暖かな陽だまりに包まれたような感覚になった。
膝の上に乗る小さな子供と、隣に座る少年の頭をそれぞれそっと撫でる。嬉しそうに屈託ない笑顔を浮かべる光鴇と、気恥ずかしそうにしながらはにかむ光臣。子が健やかに生きる事の出来る世を築く為、かつて袂を分かった者達と同じ道を歩む事に決めた。
(……こんな日々が、訪れるとはな)
賑やかで明るい笑い声を聞きながら、帰蝶が瞼を閉ざす。その様を眺めていた光秀もまた、長い銀糸を伏せて口元へ穏やかな笑みを浮かべたのだった。
結局その後、明智家は帰蝶の勧めで夕餉を食べ、一休みした後で宿へ帰っていった。食後の紅茶(とココア)を出したとあり、帰蝶の自室のローテーブル上には人数分のティーカップなどがそのまま残った状態だ。執務机の上に置いた卓上ランプの炎がゆらゆらと揺らぐ中、商館の使用人や部下達へ分けて残った数枚の煎餅の内、チーズ味のそれをソファーへ腰掛けながら一欠片食べる。