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❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第5章 掌中の珠 後編



「光秀さん、帰蝶さん」
「ん…?」
「なんだ、凪」

二人の男の名を呼べば、それまで論争を繰り広げていた両者が同時に口を噤み、凪へ向き直る。金色と萌黄、異なる色の双眸へそれぞれ真っ直ぐに見つめられ、彼女が透明な袋の中にあるチーズ味の煎餅を一欠片つまみ、まずは光秀へと食べさせた。次いでもう一欠片つまんだそれを、軽く身を乗り出す形で帰蝶に向けて差し出す。

「チーズ味、お勧めですよ」
「きちょー、ははうえにあーんってしてもらうの?なかよし?」
「ああ、そうだな。お前の父は不服そうだが」

凪が帰蝶に向かって煎餅の欠片を差し出している様を目にし、光鴇が大きな猫目を瞬かせる。無垢な眼で振り返りながら問えば、帰蝶がさらりと肯定した。引き合いに出した光秀の話題へ反応を示し、頬をぷくっと膨らませた幼子が父を見る。

「むっ……ちちうえ、けんかしちゃめっ!」
「まったく、仔栗鼠を味方に引き入れるとは油断ならない男だ」

光鴇に窘められてしまえば、さしもの光秀とてこれ以上邪魔立て出来ないという事か。肩を竦めて瞼を伏せた男が、降参とばかりに軽く両手を上げた。帰蝶が幼子を膝へ乗せたままで軽く身を乗り出し、凪が差し出す煎餅を食べる────かと思いきや、直前でひょいと光秀が一欠片の菓子を手につまみ、それを帰蝶の口へ放り込んだ。

「え゛っ……!?」
「うわ……」

図らずしも見事にハモったのは凪と光臣の声である。見目麗しい者同士が行うあーんは、男ながらもむさ苦しさの一切を感じさせる事はなかった。が、妻と息子にしてみれば衝撃と言えば衝撃である。ぎょっとそれぞれ目を丸くして固まる妻子を余所に、光秀が形の良い唇へ綺麗な弧を描いた。

「美味いか?帰蝶」
「……………」

(帰蝶さん、珍しく険しい顔して無言……!!!)

あまり喜怒哀楽を顕著に表す事のない帰蝶が、柳眉を僅かに顰めて渋面を浮かべている様を前に、凪が思わず内心で突っ込みを入れる。

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