❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第5章 掌中の珠 後編
「えっ……!?」
帰蝶の脈絡もなければ、何の躊躇いもないその言い草に、凪が逆に驚いて頓狂な声を上げる。光秀や息子達、取り分け光臣などはぽかんとした表情で母と帰蝶を咄嗟に見比べた。様々な感情が渦巻くそれぞれの眼差しを受けても帰蝶に動揺の素振りはまったくない。いっそ清々しい程に堂々と人妻へ声をかける様には、下心など微塵もないようにすら見受けられた。
「……やれやれ、どうやら商館長殿は他人の妻にまで手を出す節操無しらしい」
「別に隠れて不道徳な行為を強いている訳ではない。それとも、菓子を一口食べさせる事すら許せない程、狭量な夫なのかお前は」
「可愛い妻が俺や子ら以外へ甲斐甲斐しくしている様を見るのは、我慢ならないものでな」
「夫がそれでは凪も息が詰まるだろう」
「無論、凪が望むのならば改善する事も吝(やぶさ)かではないが」
バチバチバチバチ───と、うっかり幻聴で音が聞こえて来そうな、目には見えない白い火花が光秀と帰蝶の間で弾ける。こうなれば割りと見慣れた光景である為、光臣もさして気にした風もなく、ぱきりと食べやすい大きさへ割った胡麻煎餅を弟の口へ食べさせてやった。一方、完全に間へ挟まれる形となった凪が従兄弟同士である男二人を見比べ、困りきった様子で眉尻を下げる。
(また始まった……!光秀さんと帰蝶さん、いざって時は相性抜群なのに、こうなると仲悪いんだよね。冷戦状態って言うか……)
両者共に弁舌が立つ故に、戦いの火蓋が切って落とされると、室内の体感温度が一気に下がるような錯覚に陥る程なのだ。よもや帰蝶があーんをねだって来るとは思わず、最初こそ驚きを露わにしていたが、目の前で繰り広げられている男達の静かなる戦いに苦笑し、凪が手元の煎餅を見る。光秀が独占欲を露わにしてくれるのも嬉しいが、あの帰蝶がこうして他愛もない冗談(だと凪は思っている)を言えるようになった事実も喜ばしい。