❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第5章 掌中の珠 後編
「その細い筆先ならば、いざという時には程よい得物になりそうだ」
「急所を突けばかなりの痛手が見込めるな」
「そっち……!!?」
光秀と帰蝶の、冗談には到底聞こえない応酬に突っ込んだ凪を見て、光臣が苦笑した。土産の品をそのように扱う事など無いと知りながら話を振る辺り、自身らの父も中々である。再び帰蝶が指先で軸部分に描かれた美しい蝶をひと撫でした後、ケースを静かに閉ざした。
「ありがとう、大切に使わせてもらおう」
「きちょー、それでときにふみ、いっぱいかいてね!」
萌黄色の双眸を柔らかく眇め、丁重な所作でケースをローテーブルの天板へ置く。どうやら一連の話のやり取りで文字を書くものだという事は認識したらしい。光鴇が振り返りながら屈託ない笑顔を浮かべた。学問所で読み書きを習っているとあり、また兄や光秀、時たま秀吉が手習いを見ている事もあって、光鴇自身も覚束ないながら文字が書ける。誰かから送られて来る父の文を度々羨んでいる子供のおねだりへ、帰蝶が微笑した。
「お前が望むならそうしよう。ではお前は代わりに何をくれる?」
「とき、おえかきしたやつ、いっぱいあげる」
「悪くない取り引きだな」
「ふふん!」
返すのは文ではないのか、という突っ込みはひとまず置いておく事にして、愛らしいやり取りを前に、凪が頬を緩ませた。万年筆以外にも、オーガニックのドライフルーツ(福用)や、帰蝶の好物である老舗有名店の煎餅の詰め合わせ菓子折りなどを土産として渡し、空になった包みを畳み直す。せっかくだからと帰蝶が土産の菓子折りを開けて、勧められるままに好きな味の煎餅をもらい、食べ始めた。
「おせんべ、おいしいっ」
「帰蝶さん、醤油味で良かったのですか?」
個包装の袋の中で食べやすいように細かく砕いたものを食べた光鴇が、眸をきらきらと輝かせる。現代では甘いものに事欠かなかったが、乱世では未来程の甘さが感じられるものはそうそう無いとあって、ざらめの甘さを純粋に喜んだのだろう。