❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第5章 掌中の珠 後編
自身の片頬を軽く撫でた後、凪が情けない声を上げて小さく嘆いた。すらりとした脚を組んだ状態で白い陶器のカップに口をつけていた光秀が、それをソーサーへ戻しながら妻の頭を優しく撫でる。
「それは何か嫌……」
凪が文句めいた表情で抗議して来るのを、光秀が可笑しそうに笑って宥める。正面で一連のやり取りを静観していた、齢十二歳でやや達観したところのある光臣が半眼になりながら父を見た。
「父上、わざと言ってますよねそれ」
「まあそう言うな、臣。妻をいじめ可愛がるのは夫の特権だろう」
「!!?」
「オヤオヤ、トッケン」
息子の何とも言い難い眼差しを受けても尚、ものともしない光秀が凪の肩を優しく抱き寄せて頭部へ口付ける。芳しく甘やかな香りの紅茶を堪能していた凪が、あまりにも自然に行われた行為にぎょっと目を丸くした。鳥籠からは福の楽しそうなソプラノが響き、和やかなひとときに愛らしい彩りを添えてくれる。
「さて、多忙な商館長殿を長く拘束する訳にもいかない。早速本題へ入るとしよう」
「本題へ移るのは構わないが、俺の身を気にかけているなら無用な心配だ。今日は特に商談の予定を設けてはいない」
「それはまた周到な事だな」
本日こうして堺港を訪れたのは、かれこれ数日以上前に行った五百年後家族旅行の土産を渡す為である。光秀が本題を切り出すと、帰蝶がさらりとこれ以降の予定がない旨を告げた。要するにゆっくりしていくといい、という意味だ。光秀が瞼を伏せながらくすりと笑った横で、凪が穏やかに口元を綻ばせる。
「でも、予定が詰まってる訳じゃなくて安心しました。帰蝶さん、いつも何かと忙しそうだから」
「お前達と共に過ごすひとときを邪魔されては敵わんからな」
「ふふ、子供達の事、可愛がってくれて嬉しいです」
多忙だと言う割に、案外安土の御殿へ顔を出している率もそこそこ高いのでは?という苦笑混じりの突っ込みは光臣の心の中へと留めておく。