❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第5章 掌中の珠 後編
言葉ひとつで簡単に自分を喜ばせてしまう光秀の手腕たるや見事なもので、最終的にはいつも凪が言いくるめられてしまう。
帰蝶が凪だけに用意した、甘い花びらの浮いた芳しい紅茶。それが指し示す意味に、光秀が内心苦く笑って肩を竦めた。香り高い上、余所では滅多に味わう事の出来ない異国の茶に、彼女が嬉しそうにしているとあって野暮な口出しをする気はない。とはいえ、まったくもって油断ならないなと独り言(ご)ち、滑らかな凪の頬から男が指を離す。
一方正面のソファーでは、ココアが入ったカップを両手に持ったまま、光鴇が父母のやり取りを見て不服そうに頬を膨らませ、眉間を顰めていた。この年頃の子供というのは自己主張の塊のような生き物である。取り分け、光鴇は当時の光臣よりその傾向が極めて高い。
「むっ……ときのほっぺも、つるつる!」
「お前は一体何を相手に張り合っているんだ……鴇」
「あにうえよりも、つるつる!」
ぷくっと膨らんだ頬は確かに子供特有のつるすべ肌である。なにものも若さという最大の武器には勝てまい。光臣がカップをソーサーへ静かに戻しながら、若干呆れを滲ませて突っ込むと、そのとばっちりが兄にまで及んだ。光鴇が突拍子もなく何かと張り合うのは今に始まった事ではない為、父母は微笑ましそうにそれを見守るばかりである。そんな中、幼子が帰蝶を振り仰ぎながらぷくっと頬を膨らませてみせた。
「きちょー、とき、ほっぺつるつる?」
「ああ、卵肌とはお前のようなものを指すのだろう」
萌黄色の双眸が柔らかく眇められ、帰蝶が片手をそっと膨らんだ幼子の頬へ這わせる。文字通りつるすべ肌な感触は比喩の通りゆで卵のそれであった。帰蝶に構ってもらえて満足したのか、光鴇がご機嫌でココアの入ったカップを傾ける。
「確かに……鴇くんが一番卵肌だ。ううっ……」
「凪、安心しろ。お前の肌も十分大福のようだぞ」