❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第5章 掌中の珠 後編
そのまま流れるように抱き寄せて、唇を奪った。
「んっ…」
隙間を割り、軽く舌先を絡めると互いに甘い味わいを感じる。先程食べた丸い菓子の甘さを増幅させるそれは紛れもなく、凪自身の甘さだ。優しく口内をかき回した後でそっと唇を離せば、頬を薄っすら赤く染めた彼女が困っているような、あるいは怒っているような表情で男を見上げて来た。
「み、光秀さん…!ここ一応厨ですからね!?」
「今更だろう。寂しがっていた妻を慰めるのも、夫の務めのひとつだ」
「う……完璧な旦那さん過ぎて反論出来ない……」
しれっと答えた光秀に対し、凪がぐうの音も出ないと言わんばかりに小さく呻く。そもそも完璧な旦那は妻を寂しがらせる事はしないと思うが、という突っ込みは心の中に留め、光秀がそのまま凪の感触を確かめるように抱きしめ直した。
自分と同じ冴え冴えした薫物の香りに混じり、菓子作りの所為か、あるいは彼女自身の香りか、もしくはその両方か、鼻孔を甘い香りがくすぐる。
「今日はいつもに増して甘い香りがする。厨に居ては尚更か」
「きっとドーナツ作ってたから、香りが移っちゃったんですね。このままここに居ると、光秀さんにも甘い香りが移っちゃうかも?」
「それは困った。臣はともかく、鴇に嗅ぎつけられては、先に味見した事に気付かれてしまうかもしれないな」
凪が何処となく悪戯っぽい調子で笑いかけて来る。光鴇より光臣の方が母親の鼻の利きを受け継いでいる節があるが、案外弟も敏い方なのだ。むっすりと頬を膨らませている様が容易に想像出来、然程困っていない風に男が肩を揺らす。
(元々今日は早く帰れる予定だったにも関わらず、敢えて八瀬に嘘を伝えておいたという事は、凪には黙っておくとしよう)
予定外の事に驚き、喜ぶ凪や子供達の姿を見たかったと言えば、最初こそ多少文句は言うものの、最後には優しく笑って許してくれると、知っている。だが、今はもうしばらくこの甘い幸せの残り香を感じていたくて、光秀はもう一度、食べたら病みつきになる甘く柔らかな菓子を堪能するべく、凪の唇へ口付けたのだった。
───そのほんの僅か後、帰宅した二人の息子が厨へやって来て現場を目撃し、賑やかになるのはまた別の話。