❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第5章 掌中の珠 後編
「いいんです。私が光秀さんに味見して欲しいんですから。いつもは鴇くんの役目なんですけどね?」
「思いのほか責任重大だな」
凪が積み上げられた丸い菓子を手にして光秀へ振り返る。光秀の舌が相変わらずなのは今更というものだ。いつからかすっかり味見係が定着した幼子の名を挙げると、男が可笑しそうに笑う。彼女の指先につままれた一口大のドーナツが口元へ近付けられると、光秀がそれを食べた。
初めてこれを口にしたのはもう随分昔の事だ。西国、備中への道中で凪が振る舞ってくれたのと同じ菓子は、回を重ねて作るごとにどんどん甘く、そして柔らかくなっていった。それがまるで、凪という存在を愛して変わった己の心のようで、光秀が口内の丸く柔らかな菓子をそっと噛みしめる。
「どうですか?自分で言うのもなんですけど、今回のは特に力作です。この前、帰蝶さんが南蛮から仕入れたふくらし粉を沢山贈ってくれたから……──────」
光秀がすらりと立てた人差し指をあてがい、凪の紡ごうとした言葉の先を遮った。ふんわり柔らかなそれはしっとりとした食感であり、舌先をほんのり溶かすように甘い。一度食べたら病みつきになる、という言葉があるが、光秀にとってそれは食に限った話ではなかった。
むしろ食に関しては到底理解に及ばないが、凪という存在を敢えて食に例えるならば、こんな風に柔らかく甘いのだろうとは容易に想像出来る。
「甘くて柔らかい。やはりこの菓子は何処か、お前に似ている」
「前にも言ってた気がしますけど、それ丸くて太ってるって意味ですか」
「まさか」
丸い菓子に似ていると言えば、凪が何処となく不服そうな表情を見せた。例えどれ程歳を重ねたとして、その過程で出会った頃のような姿でなくなったとしても、光秀にとって凪は可愛い女のままだ。穏やかな声で長い睫毛を伏せながら当然のように否定すると、彼女の唇へあてがっていた人差し指を静かに下ろす。