❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第5章 掌中の珠 後編
華が咲いたような笑顔が、光秀の中にある仄かな憂いをすべて吹き飛ばす。頬に触れていた指先を動かし、そのまま再び彼女の背へ回しながら男が瞼を伏せ、浅い嘆息を漏らした。
「……やれやれ、これでは俺がお前に甘やかされているようだな」
凪をほんのりといじめ、それを覆い尽くさんばかりに甘やかしているつもりが、気付けば自分すら暖かなものに包まれている事に気付く。それは決して目に見えないものであり、けれど常に互いの距離を埋めている、他の者では決して踏み込めないものだ。とん、と一度彼女が光秀の胸に頬を寄せる。そうしてふと顔を上げた拍子、何処か楽しげな様子で黒々した猫目を輝かせた。
「光秀さんにだって、甘やかされる権利はありますからね。それと、もうひとつ」
敢えて途中で言葉を切る。そうすれば先を促すよう光秀が微かに双眸を瞬かせ、首を傾げた。光秀の背に回していた片手を解いて人差し指を立て、それを男の淡い色に染められた唇へ凪があてがう。
「私は言いましたけど、光秀さんの口からは聞いてません。……私達と過ごせない間、光秀さんはどう思ってましたか?」
先刻、自身が投げかけたそれを返され、光秀が軽く面食らった。細く綺麗な白い指の先からは、調理台の上へ大量に積み上げられている菓子と同じ、ほんのりと甘い香りがする。腕の中へ抱きしめている愛しい妻へ視線を落とし、やがて笑いを吐息へ紛れさせた。
「先に逃げ場を塞いでしまうとは、中々に悪くない尋問の仕方だ。一体誰のやり口を真似たのやら」
「私の旦那さんです」
冗談めかした風に言えば、憚りなく凪が答える。未だにあれこれと恥ずかしがる節があるというのに、こういった時に臆面なく言い切れてしまう辺り、やはり夫婦とは共に過ごして行く内に似ていくものなのだろう。あてがわれたままである彼女の指先へ瞼を伏せながら軽く口付ければ、それが合図かの如く凪が手を下ろした。