❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第5章 掌中の珠 後編
意地悪の中に潜ませた深く広い愛情に溶かされ、自然と凪の唇が音を零した。
「……私も寂しかった、です……お仕事が大変なのは分かってるんですけど、会話がお互いに書き置きだけなのが特に寂しくて」
「済まなかった。ようやく任務も一段落ついたところだ。登城して公務は行うだろうが、多忙の程はここ数日の比ではない」
ひとつ音にしてしまえば、後は川の堤防が決壊したかの如く、様々な感情が溢れて来る。止めようと口を噤みかけても、光秀の優しい眼差しがすべてを受け止め、許してくれるから凪はついそれに甘えてしまうのだ。
下唇に軽くあてがわれていた指先が頬へ滑り、寂しさをいたわるように撫でてくれる。多忙であった仕事がひとまずは落ち着くらしい事実を耳にして、光秀自身の身体も慮っていた凪が、そっと安堵の笑みを浮かべた。
「じゃあ少しはゆっくりする時間、取れそうなんですね……良かった」
「ああ、不測の事態が起こらない限り、しばらくは夫としての務めに励む事が出来るだろう」
「今でも十分過ぎるくらい果たしてくれてますよ。光秀さんが手を抜いた事なんてないって知ってます」
「妻や子を数日、まともに構えていなくてもか?」
任務や公務で日頃多忙だというのに、家族の事を一番に想ってくれている光秀に心が暖かくなる。それにこの乱世において、武士という立場にありながら暇を持て余している者は極めて珍しい。その中で家族を顧みてくれる光秀を、夫の務めを果たしていない男と評するなど出来る筈もない。
ふと凪の眸を覗き込む金色に、ほんの僅かな不安の色を見て取る。寂しい思いをさせている間、見放されやしないかと微かに覗く男の懸念を感じ、凪が笑顔を浮かべた。
「一緒に過ごせなかった分、それ以上に私達の事を考えてくれてるって分かってますから」
(光秀さん以上にいい旦那さんとお父さんなんて、この世に絶対居ないよ。少なくとも、私や臣くん、鴇くんにとっては)