❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第5章 掌中の珠 後編
当然項(うなじ)は無防備に晒されており、光秀の指先がそこを撫でればどきりと鼓動が跳ねた。そんな男の唇から吐息混じりの声が紡がれ、凪が目を微かに瞠る。彼が帰宅するまで、行き場のない寂しさが身の内側をせり上がって来ていたなど、平和の為に日々奔走している相手へ口に出して言える筈もなく、鷹揚に頷く男の眼差しから逃れるよう顔を軽く伏せた。
「私はその……光秀さんが忙しい事はちゃんと分かってるし、旅行分の非番の埋め合わせもあるって知ってるので……」
「ほう…?先程この唇から愛らしい言葉が聞こえたと思ったが、あれは俺の都合の良い空耳だったか」
「う゛っ……」
例え寂しくても、光秀の大義を否定する気も、阻む気もない。懸命に物わかりの良い妻であろうとする凪の、言い訳じみた言葉がすべて取り繕いであるなど、夫にはお見通しなのだ。金色の双眸を意地悪く眇め、項へ触れていた指先で凪の顎をするりとすくい上げる。そうして親指の腹で彼女の柔らかな下唇をとん、と軽く押せば、そこから短い呻きが聞こえた。目の前に居る男は何もかもを見透かしていると言わんばかりで、形の良い唇がいっそう綺麗な弧を深める。
「今更隠す事はない。妻の感情ひとつ受け止められないような、甲斐性のない夫になる気はないぞ」
「……むしろ光秀さんは甲斐性の塊です……」
「それは恐悦至極」
(半分は意地悪だけど、半分は私の事を甘やかしてくれてるんだ。こうすれば私が素直に吐き出せるって分かってるから)
会えなくて寂しいだとか、一緒の刻を過ごしたいだとか、そういった我儘を凪の口から自主的に言う事はほとんどない。だがそんな彼女から、光秀はごく自然に本音を引き出してくれる。内側に溜め込んで一人で抱えなくていいように。溜め込んだ感情によって、心が押し潰されてしまう前に。
そんな光秀が甲斐性なしな筈が、あるわけなかった。彷徨わせた視線をひたりと相手へ合わせ、凪が小さな声でぼそぼそと答えれば、男が嬉しそうに喉奥を鳴らす。