❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第5章 掌中の珠 後編
思いがけずすれ違い生活の続いていた光秀と、ようやく顔を合わせる事が出来たのは純粋に嬉しいが、一体何故多忙な身の上である彼が御殿に居るのか。軽く顔を上げた凪が光秀に問えば、彼は口元へ笑みを湛えたまま目元を和らげた。
「ん……?」
「今日も帰りが遅くなるって八瀬さんから聞いてたので、ちょっとびっくりして」
「おや、ご不満だったか」
「そんな事ないですけど……もしかしてお城へ向かう途中に立ち寄ってくれたんですか?」
凪の至極当然な疑問を受けると、光秀が首を緩く傾げてみせる。こうして久々に顔を合わせて言葉を交わせる事実を喜ばしく思わない筈がなく、彼女が慌てて否定した。感情の機微に人一倍敏い光秀の事だ。凪や子供達が寂しがっているのを見越し、無理を押して仕事の合間に立ち寄ってくれたのかもしれない。そんな結論に至った彼女の背を光秀がゆるりと撫でた。
「いや、思いのほか早くに視察が済んでな。久々にこうして月の昇らない内から、妻と子の元へ帰って来れたという訳だ」
「そうだったんですね。二人とも凄く喜びますよ、光秀さんと話したい事たくさんあると思います」
「そうか、子らにも寂しい思いをさせた。その分、後でたっぷり構ってやるとしよう」
「ふふ、そうしてあげてください」
光秀としても想定外の帰宅という事だったらしい。思いがけず訪れた嬉しい展開に、凪がますます表情を綻ばせる。まったく父と顔を合わせる事が出来なかった子供達の笑顔を思い浮かべながら、凪が柔らかな笑いを零した。そんな彼女を見つめ、光秀がふと背を撫でていた片手を白い項(うなじ)へ這わせる。いつもながらひやりとした冷たい男の指先にひくりと小さく身体を震わせ、凪が目を丸くしたまま顔を上げた。
「お前はどうだったんだ?」
「えっ……わ、私ですか?」
「ああ」
厨に立つ関係で、すっかり伸びた長い黒髪はサイドの髪を多めに残し、後はひとつにまとめてアップにしている。