❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第5章 掌中の珠 後編
「ははうえ、ちちうえにいじめられるの、すきなの?」
「と、鴇くん……!?違うからね!誤解だから…!」
無垢な金色の大きな猫目の前に晒され、母が慌てて首を左右へ振った。懸命な弁明も虚しく、それを耳にした光秀が意味深な流し目を彼女へ送る。その口元は実に愉しそうであり、やはり父がいじめて一番楽しいのは母だな、と達観した感想を光臣が抱いた。
「ほうほう、なるほど。なら今後もお前を喜ばせる為、更に意地悪へ磨きをかけるとしよう」
「もう十分過ぎますから……!そんな向上心抱かなくても間に合ってます!」
「それは残念。物足りなくなったらいつでも言うといい」
「言わなくても勝手に腕を磨きそうなところが怖い……」
あながち冗談でもなさそうな調子で光秀が告げた。光秀の意地悪の手腕がこれ以上スキルアップしては問題だと、凪が必死に遠慮する。その様子を目にして喉奥を鳴らした男が、実に残念そうに肩を竦めた。そんな父母のやり取りを見やり、光臣が笑顔で凪へ激励を贈る。
「母上、頑張ってください」
「…?ははうえ、がんばるの?がんばれー!」
恐らく話などまるで分かっていない幼子からも激励され、凪が肩を落とした。何だかんだと言いながら、結局光秀相手であればすべて許してしまうのだろうなと容易に想像出来てしまった凪は溜息を零し、ほんのり火照った頬の熱を冷ますように片手で軽く風を送ったのだった。
それからしばらく歩いた先、ようやく目的地である【きつねの御宿】へ到着した明智家は、その豪勢な造りを前にして感嘆を漏らした。ホッキョクギツネは非常に温度管理が重要な動物である為、屋外ではなく屋内展示となっている。旅籠(はたご)の外観を模したそこは、御宿という名に恥じない豪華絢爛さであり、朱色と白、そして金が色の基盤となり、華やかな見た目を演出している。真っ白な漆喰(しっくい)の壁に一面硝子を貼り付け、そこから中を見る形だ。