❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第5章 掌中の珠 後編
ちゅ、という仄かなリップノイズが鼓膜を打ち、凪の眸が瞠られた。
「も、もう……光秀さん!」
「ずるい!ちちうえとははうえ、ちゅって………むぐっ」
「いつもの事だろう。……とはいえ、他の客人の迷惑になっては困る。ここは見てみぬ振りをするのが賢明だ」
「むぐぐっ!」
父と母の些細な触れ合いをしっかり目撃した幼子が、不服そうに頬を膨らませながら文句を紡ごうとしたところで、兄が光鴇の口を掌で塞いだ。既に達観している長男は、ひとまず周りに気取られていない事を確認した後で何事もなかったかの如く涼しい表情を浮かべる。視線の先には、むっと眉根を寄せつつも、光秀からの触れ合いを拒否出来る筈もない凪の姿があった。
明らかに文句がありそうな表情や眼差しを向けられているというのに、些細な意地悪に成功した光秀の表情は幸せそうで実に満ち足りている。今日は年に一度の特別な日。故に今日ばかりは大目に見ようと考えた光臣もまた、口元を綻ばせたのだった。
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おさるの土産屋を後にした明智家は、そのすぐ傍にあるレストラン【バナナはおやつ】で昼餉を終えた。乱世では珍しいパスタやグラタンなどの洋食を堪能した後、デザートまでしっかりと平らげた子供達を連れ、再び一家は園内散策に戻ったのだった。ちなみに光秀がトートバッグの中に入れていたのは白いふわふわした膝掛けであり、椅子へ座った際、凪の足が見えないようにとそれを隠す為のものであったらしい。実に用意の良い夫である。
昼餉時のピークだったにも関わらず、思いのほか並ばずにレストラン内へ入れた事で時間のロスを防げた為、現在は十三時を過ぎた頃だ。まだ昼食を済ませていない客達の足がレストランへ向けられている事もあり、園内は先程よりも人通りが閑散としている印象を受ける。各コーナー前に集まる人の数が減った事で動物達が見やすくなり、子供達もいたくご満悦だ。