❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第5章 掌中の珠 後編
「それは出来ない相談だ」
「……もう、何だか秀吉さんをからかうってなると、途端に生き生きしますね」
はっきりと言い切られたそれに凪が眉尻を下げた。パンダのひでよしは光秀にとって格好のネタである。仕方なさそうに肩を竦めた彼女が、光秀らしいと小さくぼやいた。子供達二人は相変わらずひでよしの木登り姿に夢中で、両親の事など眼中にない。傍に立つ凪の指先を軽くすくい上げた光秀が、そのままかすめるように桜色の爪へ口づけを落とした。
「……!!」
(こ、こんな人前で…!誰かに見られたら……っ)
光秀の誕生日なのだから羞恥心は家族旅行中、封印しよう────昨夜そう決めたばかりだというのに、実際にされるとやはり恥ずかしいものは恥ずかしい。じわ、と頬や耳朶が微かに淡く染まった凪へ軽く唇を寄せ、光秀が囁いた。
「お前に意地悪する時程ではないが」
「それって、私に意地悪する時が一番生き生きするって事ですか……?」
「当然だろう。可愛い妻をいじめ甘やかすのも夫の務めというものだ」
鼓膜を揺らす掠れた低音に鼓動が騒ぐ。口付けを落とされた指先はそのまま男によって絡め取られ、恋人繋ぎにされた。確かめるように紡ぐと、光秀が切れ長の眸を眇めて楽しげに笑う。そんな務め、聞いた事ない、などという言葉は喉の奥をするりと滑り落ちて行く。
(光秀さんにならそうされてもいい、なんて相当絆されてる気がする……)
偽らざる本音を胸中で零し、凪がせめてもの抵抗とばかりに傍に立つ男を見つめた。大きな黒い猫目に上目で見られたところで何ら効果などなく、ただ愛らしいばかりだというのに。そんな事を考えながら、光秀は愛しい妻の淡い色に染まった頬を、まるでそうする事が自然であると言わんばかりにちゅ、と微かな音を立てて唇で愛でた。
「み、光秀さん……!」
「俺にならそうされてもいい、と顔に書いてあったのでな」
「うう……ずるい」