❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第5章 掌中の珠 後編
「いや?嘘はいけないな。お前が俺の意地悪を好いている事くらい、お見通しだ」
「……うう、そういうところ、本当にずるいです」
「お前を口説く為ならどんな手でも使うさ」
ぐうの音も出ないそれにますます困り顔を浮かべ、凪がぼそぼそと零した。情けない表情を浮かべる彼女が愛らしくて、顎をすくい上げていた指先でそこを光秀がくすぐるように撫でる。仔猫をあやすような手付きの割に、注がれる眼差しには過分な熱が込められていた。夫婦となって十年余り経つというのに、未だに自分を口説いているという夫に胸を高鳴らせつつ、凪が確かめるように問うて首を僅かに傾げる。
「もう口説く必要なんてないくらい、光秀さんに夢中なのに?」
「当然だ。お前には生涯をかけて俺に溺れていてもらうと言っただろう」
凪が他所見する事などないと分かっていても尚、自分に深く溺れていて欲しい。そう告げる光秀の愛情が、彼女のそれを遥かに凌駕する程に深いのだとこういった些細なやり取りで思い知らされる。以前と変わらず、否、それ以上に求められている事実に幸福を感じ、凪が冗談めかした調子で告げた。
「案外欲張りですよね、光秀さんって」
「お前に限っての話だがな」
どちらからともなくくすくすと笑いを零し、戯れの如く唇を重ねる。そうして穏やかで幸福な誕生日の朝に相応しいひとときを堪能していると、不意にぱたぱたとこちらへ向かって来る小さな足音が聞こえて来た。互いにふと顔を見合わせて笑い合い、凪がそっと光秀から身を離す。名残惜しむ指先が頬をするりと撫でた後、彼女の下唇を辿って遠ざかった。男と女ではなく、父と母へ戻る刻がやって来た事を感じて、扉の方へ視線を向ける。やがてそれがかちゃりと開かれると、目映い朝陽の光と共に輝かんばかりの笑顔が見えた。
「ちちうえ、おたんじょうびおめでと!!」
「おめでとうございます、父上」