❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第4章 掌中の珠 前編
照れ臭そうに笑った彼女が、光秀の髪や首筋から香るそれへ意識を向けるも、やはり最も馴染んでいるのは、彼が常にまとう冴え冴えとした香りであった。
「いつもながら愛らしい事を言うな、お前は」
「そんなんじゃないですけど……あ、そういえば」
髪を掌からするりと零し、光秀が告げる。照れた様子ではにかんだ凪が、ふと思い出した様子で先程まで眺めていたカクテルブックへ意識を向けた。
(光秀さんが私に選んでくれたカクテルは、どういう意味なんだろう…?)
自身が光秀へ贈ったもののカクテル言葉が分かったとなれば、その逆も気になるというものだ。光秀が凪へ選んでくれた、ベルベットハンマーのページを開くと、男も頬杖をつきながらそれを軽く覗き込む。
「俺が選んだもののかくてる言葉とやらを調べるのか」
「はい、光秀さんが選んでくれたお酒だから、どんなものかやっぱり気になりますし」
XYZのページから少し前に戻ると、先程目にしたページを見つけて手を止める。ベルベットハンマーの由来やカクテル言葉の欄へ視線を落とした凪が、先程とは違う意味で頬を染めた。その様は何処か嬉しそうで、どうやら悪い意味ではなかったらしいと察した男が、アルコールだけの所為ではない朱を帯びた頬を撫でる。
「光秀さんが選んでくれたベルベットハンマーのカクテル言葉ですけど……【今宵もあなたを想う】って意味らしいです」
彼女が紡いだ言葉を耳にし、男が微かに眸を瞠った。行灯の灯りよりも明瞭でありながら、少し影を帯びた照明が凪の髪を艷やかに彩る。見慣れた乱世の夜の心もとない明るさや、月明かりの淡さの中で見る彼女も美しいが、こうして平和な世の静寂の中で照らされる様も、堪らなく心を騒がせる。人の美醜などさして気にした事もなく、自身の恵まれた容姿とて諜報に都合が良い、くらいにしか思っていなかった己が、こうして何気ない景色の中に溶け込む一人の女をこうも愛でるなどとは。