❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第4章 掌中の珠 前編
(恥ずかしいけど……こんな風に光秀さんが穏やかに笑ってくれるなら、あのカクテルを選んで良かった)
ふとした拍子に、何気ない日常の大切さや愛しさを噛みしめる。家族揃って日々を過ごす事が決して当たり前とは呼べない中で、こんなにも穏やかな夜を、そして彼の生まれた尊い日を過ごす事が出来るだなんて。胸の奥がぐっと熱くなった感覚に息を詰め、凪が唇を反射的に引き結ぶ。幸せなんて言葉では表現しきれない衝動を堪え切れず、凪が片手で光秀の袖を軽く引いた。
「光秀さん」
「ん……?」
愛おしさを込めた声で彼の名を呼べば、男が短い相槌を打って視線を流して来た。そのまま吸い寄せられるように顔を近付け、唇を重ねる。凪から贈られた柔らかな感触へ微かに眸を瞠り、金色のそれが甘く蕩けた。片手を彼女の頬へ滑らせ、優しく撫でる。ただ触れ合わせるだけの口付けだというのに、どうしようもなく満たされた。角度を変えてもう一度啄み、唇を離す。名残を惜しむそれが、自然とどちらからともなく引き寄せられ、再び重なった。静かに離れた唇を光秀が軽く舌先で舐め、吐息混じりの笑いを零す。
「今宵の妻は積極的だな」
「今夜は特別な夜、なので」
「ほう……?そんな事を聞いては眠るのが惜しくなりそうだ」
「ちゃんと寝ないと、明日は早くからお出かけですよ?」
「ああ、分かっている」
額をこつりと合わせ、間近で互いの眸を見つめ合いながら笑い合う。あながち冗談でもない調子で光秀が言うと、凪が首を軽く傾げた。結っていない黒髪は普段とは異なる香りが漂っている。何処か甘く誘うようなそれは酷く甘美で、肩へ流れる黒髪をひと房掌ですくい、それへ唇を寄せた。
「良い香りだ。お前に良く似合う」
「光秀さんも良い香りです。でも……私はやっぱりいつもの薫物が一番落ち着きます」
女性用と男性用ではヘアオイル系のアメニティの種類なども異なっていた為、香り自体が違うのだろう。きつすぎず主張し過ぎない花の甘い香りに似たそれは、凪を普段よりも更に愛らしく惹き立てていた。