❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第4章 掌中の珠 前編
「【明智光秀に関する詳しい資料は残っていないが、所縁の地で発見された文箱(ふばこ)には、彼の唯一の妻である女性と交わした文や、子供達からの文と思わしきものが多く発見された】そうです」
「光秀さんの文箱……?」
「些細な書き置きや遠出する際に交わしたもの、子供のものと思われる絵が描かれたもの……それ等が五百年の月日が経っているにも関わらず、非常に良い状態で残されている事やその内容から、【明智光秀は戦国の世でも珍しい、愛妻家であり家族想いな武将である】と、てれびの中で語られていました」
「……!!」
(裏切り者でも、謀反人でもなく……愛妻家で家族想い……)
光秀について掘り下げるべき資料が無いからと、持ち出されたのがそこだったのだろう。一夫多妻制が当然とされる世において、ただ一人の妻しか持たなかった男。その一途さが共感と愛着を呼び、後世の人々にも愛されているという。光秀が持つ優しさや深い愛情が、自分達と交わして来た文から知られるというのは気恥ずかしい気もするが、同時にとても幸せな心地だ。
(嬉しい……)
それ以上の言葉など思い付かず、凪が面持ちを綻ばせる。嬉しそうな母の姿を見て光臣が安堵を浮かべた。些か憮然とした面持ちを浮かべた光秀が、溜息混じりに素っ気無い声を漏らす。
「……やれやれ、あちらへ戻ったら文箱の置き場を改める必要がありそうだ」
「そんな事仰らず、是非分かりやすいところへこれ見よがしに堂々と置きましょう」
「お前も中々言うようになったな、臣」
「父上程では」
「と、ときもいうようになってる…!」
「ああ、そうだな」
(幸せだな……やっぱり現代に皆で来て良かった)
照れ隠しだと分かる光秀の言葉に、光臣が笑顔で言い切る。父と兄のやり取りを目にして、またしても無理やり会話へ入って行った幼子へ光秀が微かな笑みを浮かべた。まるで心の中が暖かな陽だまりに包まれたような気分だ。凪の手を包んでいた男の指先が、音もなくそっと深く絡む。導かれるように顔を上げた先には、柔らかな面持ちを浮かべる男の姿があった。