❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第3章 世の中は九部が十部
(まあ眠気はまるで無いんだが)
後頭部へあてがっていた片手で頭を撫で、囁きを落とす。多少の照れはあれど、嫌がる素振りのまるでない凪が歯切れ悪く紡いだ。俺を見る黒々した大きな猫目が、穏やかな触れ合いを求めて微かに揺れている。凪の求めているものを知りつつ、敢えて素知らぬ振りを通して寝入る体勢を取ると、唇が物言いたげに引き結ばれた。己の中の羞恥心と戦っているらしい凪が、やがて躊躇いがちに伸ばした指先で俺の着流しの衿を軽く掴む。そのいじらしい力加減が、堪らなく愛おしい。
「……朝起きた時から眠るまで、光秀さんはずっと意地悪ですね」
「意地悪ではない俺をご所望とあらば、応えてやらない事も無いが」
「……うーん」
髪を梳いてやりながら、今朝淡く吸い付いた項(うなじ)辺りへ指先でそっと触れた。あの痕は恐らく消えてしまっている事だろう。指の腹で肌を撫でると、凪が軽く身を竦める。小さく零した言葉へ冗談めかした調子で応えてやれば、意外な事に悩む素振りを見せた。
(てっきり、たまにはそうしろとでも言うかと思ったんだがな)
些か難しい表情を見せた後、凪がやがて眉尻を下げながら笑う。着流しの衿を掴む指先へは、気付けば先程よりも仄かに力が込められていた。
「……意地悪じゃない光秀さんだと、それはそれで何か落ち着かないというか、裏がありそうっていうか」
「裏を勘繰れるようになっただけ、多少は成長したらしい」
「もう!茶化さないでください」
くつりと喉奥で小さく笑いを零し、片手で凪の頭を褒めるようにひと撫でしてやる。揶揄されたと思ったらしい娘の眉間が微かに顰められるが、それが本気で機嫌を損ねたものでないくらい、見分けはつく。何もかも俺に見抜かれてしまっている事に対し、仄かに不服そうな面持ちを浮かべた後、凪が引き結んでいた唇から音を零した。
「……光秀さんは今のままの光秀さんが一番、です。意地悪なのも、全部」
「素直でよろしい」
「何か凄く負けた気分なんですけど……」