❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第3章 世の中は九部が十部
然程長い間飛ぶ事が出来ないらしいそれが、ちょうど頬杖をついている俺の目の前へ落ちて来る。
(一体どんな悪戯かと思えば、これも五百年後の知識という事か)
珍妙な紙から視線を上げると、隙間からちらりと顔を覗かせていた凪が、悪戯の成功した仔猫のような顔をして身を引っ込ませた。思わず口元に笑みが滲み、頬杖を解いて紙を手にする。折られている紙から薫る微かな墨の香りに、何かが書き記されていると察し、それを開いた。
(おやおや)
【みつひでさん、そろそろやすみませんか】
一体何事かと思えば、まさか凪から夜のお誘いとは。月の傾き具合から見て、刻限的にあの娘は俺を強制的に就寝させる気らしい。大まか仕事も片付いた事だ。そのまま誘いに乗ってやってもいいが、少々興が湧き、短く切られた紙を取り出して文字を書き連ねる。
【おまえのしごとはすんだのか。しとねへむかうのはかまわないが、あいにくとまだねむけはない】
平仮名で綴られた珍妙な形の文に合わせ、こちらも平仮名でしたためた文を、凪が折っていた形に折る。手順は文を開いた時に大まか把握した為、恐らく間違ってはいないだろう。下部が軽く出っ張ったそれをつまみ、凪がしていたように飛ばしてみる。宙をゆっくりと滑るように飛んでいったそれが、襖の隙間から入り凪の自室の畳へ静かに落ちた。隙間付近で待機していたらしい凪が、俺の飛ばした文を見て驚いたように目を丸くする。
(大方、教えていないのに何故、といったところだろう)
再び頬杖をつきつつ笑みを浮かべ、双眸を眇めた。折られている紙を開き、綴られた文字へ視線を向けた凪が顔を上げる。眉尻を下げて困ったような表情をした娘へ肩を竦めて見せれば、凪が一度文机のある方へと歩いて行った。恐らく返事をしたためる為だろう。程なくして再び紙が飛ばされ、俺の前へ落ちた。先程よりも一回り小さな宙を飛ぶ文を開き、視線を滑らせる。