❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第3章 世の中は九部が十部
俺の牽制に気付き、身を固くした二人をその場へと残して居室を後にする。元来た道を歩みながら、あと数刻もしない内に凪を迎えに行く事になりそうだと考え、視線を空へ投げた。血が流れる事なく、ただこの舌だけであの娘を守れるのならば、幾らでも躊躇いなく己の武器を振るうとしよう。幾分翳りを帯びた陽を眺めて眸を眇め、袴の裾を捌いて廊下を進む。不意に何処からか姿こそ見えない小さな猫の鳴き声が、鼓膜を掠めた気がした。
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七つ半(17時)に【ていじたいきん】とやらをした凪と共に下城し、厨番が支度をした夕餉を二人で食べた後、互いに湯浴みを済ませ、自室でそれぞれ夜の仕事をこなす。それは凪と共に暮らすようになっても、以前とまるで変わらない。燭台の明かりを手繰り、御殿の文机に積まれている文や書簡を片付ける。一日手をつけないだけで溢れ返るその有様に、凪は常日頃案じた様を見せているが、俺にとってこれはもはや当たり前の日課だ。
凪は調薬室での仕事が始まって以来、室内で新しい薬の調合を記し、書物にまとめるなどして夜のひとときを過ごしている。程良い頃合いになれば寝支度を整え、俺の不規則らしい睡眠を確保しにやって来るのが常だった。一通りのものへ目を通し、返事が必要なものから処理して行く内、すっかり四つ(22時)を過ぎてしまっていたらしい。書簡を乾かす為、筆を置き、机の上から小脇へ書簡を退かすと、視線を感じ顔を上げた。
(………ん?)
閉ざされていた筈の仕切り代わりの襖が、中央だけ僅かに開いている。その向こうからは薄っすらと明かりが漏れているという事は、まだ寝支度は済んでいないのか。果たして一体何を企んでいるのやら。休憩がてらに文机上へ頬杖をつき、隙間を眺めた。華奢な影が行灯の漏れ出る光に照らされ、微かに揺れる。程無く、白い何かが隙間から顔を覗かせると、ゆっくりこちらへ飛んで来た。薄暗い室内を横断してやって来たのは、珍妙な形に折られた紙だ。いやはや、紙が宙を飛ぶとは驚いた。