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❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第3章 世の中は九部が十部



志乃姫の感情を何処まで理解しているかは計り知れないが、仮に恋情でなくとも大切に思っている事に変わりはない。だからこそ調薬室で家康が姫の代わりに謝ったのだろう。叶わぬ想いだとしても、少なからず大切に想われている。その事実を忘れ、劣等感を他者へ向けるべきではない。向き合わなければならないのは他でもない、己自身だ。

「世の中は九部が十部。仮に向けられているのが恋情でなくとも、姫は家康に想われている。それでも満足が行かず、十部の願いを叶えたいというならば」

言葉を一度切り、姫を真っ直ぐに射抜く。視線を畳へ向けていた志乃姫が緩慢に顔を上げた。

「あの娘を僻(ひが)み妬む前に、己自身を磨く事だな」

姫の目が大きく瞠られる。俺の言葉を果たして侮辱と受け取ったか否かは分からないが、事の重大さに気付いた上、家康にまで飛び火する可能性があると知った以上、恐らく凪へ害を為す事はないだろう。頃合いかと身を翻す。女中が咄嗟に平身低頭し、額を畳へこすり付けた。見逃した事へ温情を感じての行いだろうが、俺の本心は別にある。

(せっかく友人が出来たと喜ぶ凪を、悲しませる訳にはいかない)

事の経緯を信長様へ御報告差し上げる事も出来るが、そうなれば明日以降、志乃姫とその家臣団達の行動は極端に制限されるだろう。凪が此度の事を察するような事態は極力避けたいところだ。暫し家臣をさり気なく志乃姫につけ、見張らせる事として障子に手をかける。やがて開く前にわざと思い出したような調子で音を発し、背後を僅かに振り返った。

「ああ、ひとつ言い忘れておりました」

俺の発言へ微かに息を呑む音が聞こえ、視線を投げる。強張った面持ちを浮かべる二人をそれぞれ一瞥し、悠然と口元へ笑みを乗せた。

「白い迷い猫はさておき、安土城内には化け狐が出るともっぱらの噂です。悪事を嗅ぎ付ければふらりと障子の影へ現れる。……ゆめゆめお忘れなきよう」

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