❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第3章 世の中は九部が十部
視界を露わにし、冷めた眼を投げた後、淡々とした抑揚のない音を紡いだ。
「もし証拠や実害があったならば、今頃貴女は御付きの女中や家臣共々、安土の地下牢に居た事でしょう」
「っ……!!」
実際には地下牢ではなく、見張りを立てた上でこの居室へ軟禁かもしれないが、多少大袈裟に伝えておいた方が今後の学びになるだろう。突きつけた現実に二人が息を呑んだ。己の役目を忘れ、私怨に走るようでは名代としてまだまだ未熟な証拠だ。
「同盟締結の会合に訪れた当主名代が、織田家所縁の姫へ濡れ衣を着せた。この件が万が一信長様の御耳に入れば、姫が処断される事は必然。更には此度の同盟を取り持つ形となった家康も責任を問われる事になる」
「い、家康様まで……」
「つい先程、ご自身で名代に弓引く事はつまり、伊奈家当主に楯突いたも同じ事と仰られていたが……─────織田家所縁の姫に弓引く事は即ち、織田の大軍に楯突くのと同じだという事も、恐らくご承知の上かと」
「ひっ………」
伊奈家と多くの同盟、傘下を従える織田軍。ぶつかり合った際、果たしてどちらが有利かなどは考えるまでもない。さすがにそこまで言えば、自身が犯そうとしていた事の大きさに気付いたらしく、志乃姫は先程までの勢いを失くし、力なく両手を畳について顔を伏せていた。怯えきった女中はすっかり意気消沈し、怯えた眼差しを俺へ向けている。主人が罪を犯した折、側仕えも同じく罰せられる事が通例である為、無理もない。
「………家康様は、どうして叶わぬ想いと知りながら凪様の事を…」
「それは姫自身がよく分かっている事だろう」
力ない声で零された疑問こそ、愚問だ。叶わない想いと知りつつ、凪を害そうとした姫自身が、恋情とは理屈では片付けられない感情なのだと、もっとも理解している事だろう。
「……私が凪様に意地悪をしたと知っていたのに、どうして怒らなかったのでしょう」
「その理由も分かっている筈だ。長年、家康を見て来たというならば尚の事」