❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第3章 世の中は九部が十部
薬包紙を握り締める手が小さく震え、やがて指先から力が抜けたようにぐしゃりと潰されたそれが畳の上へ音も無く落下する。女中が脱力した様子で目を瞠り、次いで真冬に冷水でも浴びせられたかの如く身体を震わせた。当然だ、同盟締結の会合にやって来た当主名代が、よりによって織田家所縁の姫へ濡れ衣を着せようとしていたのだから。万が一この件が露呈すれば、ただでは済むまいと理解しているのだろう。
「な、何の事でしょう……?毒などと恐ろしい。凪様とは先程お会いしたばかりです。そんな方へ濡れ衣を着せる意味など……」
「家康は、調薬室での姫の行いに気付いていました」
「な…っ!!?」
「し、志乃姫様…?調薬室で一体何をなさったのですか!?」
姫が尚も往生際悪く言い募ろうとするのを眺め、とどめの一矢を射る。俺が放った一言で、志乃姫はすべてを察したようだった。当然だ、他でもない自らが行った行為なのだから。女中はやはり、姫が調薬室で凪を踏み台から落とそうとした事は知らなかったらしい。既に何かをしでかしていたのだと察したのか、必死の形相で問いかけた。それが姫の琴線に触れたらしく、眉間に深々と皺を刻み、志乃姫が声を荒げる。
「うるさい…!あの女が邪魔だったの…!既に光秀様と許嫁の仲なくせに、家康様にまで想われて…!私がどんな想いでずっとあの方を……っ!」
「ひ、姫様……なんという愚かな事を……」
「薬を毒にすり替えるのだって、実際にやった訳じゃない。この話を聞いているのだって光秀様だけ。証拠も何も無いのに、私を処罰するなんて出来ないでしょう?」
「……ええ、その通りです。姫は実に運が良い」
本心を露わにし、興奮した様子で一気に捲し立てた姫が拳で畳を一度叩いた。姫の零した本心を耳にし、女中が打ちひしがれた様子で項垂れる。一度吐き出してしまった以上、もはや取り繕う必要はないと感じたらしい志乃姫が開き直った様子で告げたそれに対し、瞼を伏せて吐息混じりの笑いを零した。肯定されると思っていなかったらしい二人が俺を濁った眸に映す。