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❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第3章 世の中は九部が十部



せせら笑いが混じった声が障子の向こうから聞こえ、胸前で組んでいた腕を解いた。御付きの女中が絶句して息を呑む気配が容易に窺える一室内へわざと足音を立てながら一歩を踏み出す。板張りの廊下がきしりと小さく音を立てた瞬間、室内に緊張が走った。

「誰っ…!!?」

先刻調薬室内で見せていた姿とはまるで異なる声は、穏やかな姫然とした印象とは程遠い。警戒を滲ませ、鋭い怒気と緊張を孕んだそれに口角を持ち上げると、閉ざされた障子を静かに開いた。それと同時、俺の姿を目の当たりにした志乃姫と、そして御付きの女中は零れんばかりに双眸を瞠り、唇をわななかせる。まあ当然の反応だ。先の話を織田軍の誰かに聞かれた時点で、姫の立場は一気に逆転する。まして、その相手が【織田軍の化け狐】であるならば尚の事質(たち)が悪い。そこまで察しているかはさておき、一度固まった女中は、我に返った様子で必死の形相を浮かべた。

「な、何者ですか…!?この御方は伊奈家ご当主の名代、志乃姫様です。名を名乗らないばかりか何の取次や断りも無く、未婚の姫の部屋へ訪れるなど恥を知りなさい!」
「お、お止め!この方は……──────」

他国の姫が滞在する居室へ、突如名を名乗らない者が立ち入ってくれば大概は同じような反応を見せるだろう。鋭く詰(なじ)る声が響く中、志乃姫が顔色を青白くしつつ女中を止めようとする。敢えてすべてを言い切らせず、微笑を乗せて瞼を伏せ、恭しい一礼をして見せた。

「これは失礼致しました。私は信長様へお仕えさせて頂いております、明智光秀と申します。志乃姫とはつい先刻、凪姫の調薬室でお会いしておりますので、知らぬ仲ではありません」
「あ、明智、光秀……様…っ!?」

どうやら俺の悪名もそこそこ役には立つらしい。女中が俺を見て一気に顔を青褪めさせる。いっそ見ていて憐れな程の狼狽具合に、難儀な主人を持つ使用人への仄かな憐憫(れんびん)を覚えなくもないが、主人を諌めてこその側仕えとも言える為、余計な情をかける事はない。室内へ立ち入り、後ろ手に障子を閉ざす。

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