❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第3章 世の中は九部が十部
「志乃様、どうか御心を穏やかになさいませ。ご気分も優れないとの事ですし……白湯をご用意致しましたので、こちらで凪様がお持ちくださったお薬をお飲みください」
「お前、何を言っているの。そんなもの飲む訳ないでしょう」
「で、ですが志乃様がお薬をお持ちするようにと……」
薬を処方させるよう女中を通し、凪へ伝えさせたのは志乃姫本人。大方予想出来ていた事だが、俺が聞き耳を立てているとも知らず、姫は自らそれを無意識の内に自白した。お付きの女中の狼狽える声が障子の向こうから聞こえて来る。あの娘が用意した薬を飲まないと断じた姫に、女中が疑念と戸惑いを抱いている様が、障子を隔てた俺の元までひしひしと伝わって来た。柱に背を軽く預け、胸前で腕を組んだままで静かに瞼を伏せる。
俺自身、滅多な事では怒りという感情とは無縁だが、此度の件に関してはそれなりに腹へ据えかねたものがない訳ではない。人の悪意に晒されず生きて行く事はそもそも難しいが、かといってそれを甘んじて受ける必要もない。少なくともあの娘は心から姫の身を案じ、薬をここまで運んで来た。それを下らない妬心で無碍にされるなど、決してあってはならない。
「お前、もしこの薬の中身が毒だったなら、あの女はどうなると思う?」
「な、何を仰いますか志乃様…!なりません、そのような事…!」
志乃姫の言葉に、女中が半ば悲鳴のような声を上げた。凪の手で薬を調薬させ、自らの足でここまで運ばせた目論見を知り、伏せていた瞼を持ち上げる。家康に見向きもされず、想っているにも関わらず結ばれていた許嫁の件も白紙になった事は不憫だったとしか言いようがない。そこに来て手の届かない相手が、更に手の届かない娘を想っているなどと知れば、想いの分だけ妬心も湧くものだろう。だが、自棄になるにしては、少々。
(おいたが過ぎたな、志乃姫)
「同盟締結の会合に訪れた名代に弓引く事はつまり、父上に楯突いたも同じ事。せっかく平穏に結ばれた同盟関係を揺るがした大罪人として罰せられるも道理。そうでしょう?」