❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第3章 世の中は九部が十部
視線を盆の上へ向けた後、すぐに凪が顔を上げる。娘の手にある漆塗りの盆には、薬包紙が三包程乗っていた。当然、その中身が凪自らが調薬した薬である事は間違いない。先程調薬室で凪を踏み台から落とそうとした姫へ何かを届けるなど、疑う余地しかないというものだ。光忠の訴えを察し、視線を薬包紙へ暫し注いでいると、凪が心配そうに眉尻を下げる。
「少し前に志乃姫様のお付きの女中さんが調薬室を訪ねて来て、姫様が頭痛を訴えてるから薬を処方して欲しいって頼まれたので……」
「……そうか、慣れない状況に身を置き、気疲れでもしたんだろう」
不調を訴える姫を慮(おもんばか)り、女中が凪へ調薬を依頼して来たという背景は、些かきな臭いものがある。とはいえ、本気で姫の身を案じている凪へそれを伝える訳にもいかず、無難な言葉を並べた。恐らく姫は駕籠(かご)移動、酔いさえしなければ乗馬よりは体力を消耗しない。移動疲れがあるならば、城内散策などより先に休みたいと訴えるだろう。何せ、案内役を命じられたのは気心が知れた家康だ。幼馴染という間柄であれば、今更遠慮し合う仲でもない。
「そうですよね。移動も大変だった筈だし、疲労回復と血の巡りを良くして身体を温めるお薬も一緒に調薬したんです。早く元気になってくれるといいんですけど」
「お前の薬はよく効くと城内外でも有名だ。何も案ずる事はない」
「ありがとうございます、光秀さん」
姫の体調を思い、気を利かせて他の薬も調薬して来たという凪へ笑みを浮かべ、片手で柔らかな髪をひと撫でした。俺に触れられた事で、嬉しそうに凪がはにかむ。
「光秀さんはこれからまた何処かへお仕事ですか?」
「まあそんなところだ」
(正確には、たった今所用が出来たといったところだが)
凪の問いかけへいつも通り曖昧な返答をする。