❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第1章 武将と五百年後ノープランツアー 前
小さく吐息を漏らした後、自身の着物の袂ヘ手を差し入れた秀吉が呟きを零すと、彼方の目の色が突如として変わった。割と食い気味な反応を前に、佐助が意外そうに声を上げる中、彼方の勢いに気圧されつつ、秀吉が頷く。
「ああ、ちょうど【わーむほーる】に呑み込まれる少し前に届いたものだ」
そう告げた秀吉が、袂から一通の文を取り出して彼方へ差し出した。両手で恐恐手にした文をそっと開き、彼方がそこへ目を通す。
「へえ…安土の城下で牢人が増えて来てるから、警備を強化しろって命令ね」
「彼方、読めるの!?」
「歴史オタク舐めてもらっちゃ困るわ。趣味が高じ過ぎて引かれるレベルなんだから」
何やら内容を理解しているらしい彼方に向かって凪が驚きの声を上げる。今でこそ辛うじて平仮名などは読めるようになったが、こんなにも早く内容を把握する事は難しい。凪が心底感心した様子で彼方を見れば、彼女は得意げに口角を持ち上げて笑った。
「凪はまったく読めなかったのにね」
「う……、平仮名はもうすらすら読めるよ」
「そうだな、手習い頑張ってたからな。偉いぞ、凪」
当時の凪の読み書きのレベルを知っている家康が揶揄を込めて告げる。彼方と比べられるとぐうの音も出ない凪は些か気まずそうに眉尻を下げてぶつぶつと呟いた。そんな彼女の表情を視界に入れ、凪にあいうえお表を作ってあげた経緯のある秀吉が彼女を慰めるように声をかけると、隣に座していた光秀が些か眉根を寄せる。しかしそれはほんの一瞬の事であり、いつもの笑みを貼り付けた光秀は凪の膝上に置かれている右手をするりとしなやかな指先でなぞり、包み込んだ。
「確かによく手習いには精を出していた。練習と称して俺の名を平仮名で書いていた姿は、中々にいじらしいものがあったな」
「それはもう忘れてくださいっ…!」
「なに、ここは凪に優しい世界なわけ?」
「凪様は武将の皆様方にとても大切にされていらっしゃいますから」