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❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第3章 世の中は九部が十部



万が一取り落し、その上に凪が倒れていたならば。そう考えるだけで腹の奥底が冷えたような感覚になる。

「……志乃、凪の仕事をこれ以上邪魔する訳にもいかないし、そろそろ行くよ」
「…あ、はい。皆様、お仕事中に長居してしまい、大変申し訳ありません。とても良いものを見せていただきました」
「いえ!こっちこそちゃんとご案内出来なくてすみません。良かったら、またいらしてくださいね」
「ええ、是非」

密やかに漂う不穏な雰囲気を察し、家康が姫を促した。俺としても、これ以上腹の底に良からぬ感情を抱いている者を凪の傍へ居させる訳にもいかない。志乃姫が改まった様子で向き直り、丁寧な所作で一礼してみせる。慌てて凪もそれに倣うと、愛想の良い笑みを浮かべて笑いかけた。笑顔のまま応えた相槌には、当然感情など何一つ乗っていない。先に調薬場から出るよう家康に案内されると、姫はまるで俺から少しでも早く離れるようにと、何処となく忙しない足取りでかうんたー横の木戸を出て行く。

「……凪、ごめん」
「え!?急にどうしたの?」

ふと家康が振り返り、凪へ零した。俺の態度や口振りで、先刻起こった事が志乃姫によるものだと察したのだろう。だが、対する凪はまるで自覚が無い為、家康の謝罪へ驚いた様を見せる。大きな黒々した眸を幾度か瞬かせている娘を暫し見つめた後、やがて家康が微かに口元を綻ばせた。

「……なんでもない。志乃の相手してくれてありがとう」
「御礼言われるような事なんてしてないよ。女の子と薬草の話出来て楽しかったし、私の方こそありがとね」

家康は俺とは対象的に、滅多な事で笑みを浮かべはしない。穏やかな声色と表情は大抵、凪と共に居る時のみ見る事の出来る貴重な表情のひとつだ。愛らしく笑顔を浮かべて首を振った後、礼を紡ぐ凪を視界の端に映しつつ、俺は意識をかうんたーの向こうへやった。

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