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❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第3章 世の中は九部が十部



凪を安心させるよう微かに笑んで見せてから、傍に居る光忠へ薬草の入った瓶を渡した。両腕で優しく凪の身を抱き上げ、踏み台から下ろしてやる。地に足が着いた事で改めて安堵したのだろう。微かに吐息を零した娘の髪を指先で梳いた。俺の行動を目の当たりにし、志乃姫が驚いた様子で凪を映す。実に分かりやすい姫の表情からは、何故といった疑念と、嫉妬に似た感情が入り混じっている様が容易に窺えた。

「……志乃も平気?」
「ごめんなさい志乃姫様、びっくりさせちゃいましたよね…」

同盟締結に至ったばかりの大名の娘。その相手に怪我などあれば、調薬室前の廊下で控えている護衛連中がとやかく口出しして来る事など想像に易い。実際、危うく怪我をしそうになったのは凪の方だが、常に付け入る粗(あら)を探しているのが普通と認識されている時代だ。注意しておくに越した事はない。表情に出さないまでも、家康が声色に些か含みを持たせて志乃姫に安否を問う。声をかけられた途端、姫の顔が仄かな喜色を帯びる。やはり、と半ば確信したところで、凪が眉尻を下げつつ律儀に頭を下げた。

(お前が謝る必要など何処にも無いだろう)

自らが勝手に体勢を崩したと思っている凪の、心根が素直な様を目にして湧き上がったのは、姫の理不尽で身勝手な行為に対する冷めた感情だ。だが、それを今この場で口にする事はどうにも憚られた。

「お二人共ご心配ありがとうございます。私は何ともありません。凪様こそ、怖い思いをされたでしょう…?御無事で安心致しました」

気遣わしげな様を見せて志乃姫が眉尻を下げる。凪へ安堵したような笑みを浮かべた姫の目はやはり笑っていなかったが、それでも凪は嬉しそうにしていた。滅多に同性で共通の話題を交わす事が出来ないこの娘にとって、志乃姫は実に貴重な相手だ。楽しそうに姫へ接している娘が、実は自分の事を姫自身、快く思っていなかったなどと知れば凪が悲しむ。故に、先刻の行いを俺の口から指摘する事はしなかった。

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