❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第3章 世の中は九部が十部
俺が手前に居た所為で、恐らく家康に志乃姫の行動は見えていない筈だ。光忠が珍しく切羽詰まった声を上げたのに重ねるよう、高い悲鳴を上げた姫が両手で己の口元を覆う。背後で家康の驚きに息を呑む短い音を聞きながら、足を速めた。
後方へ倒れ込みそうになった凪のすぐ背後へと立つ。そっと腕を伸ばし、背後から凪の腹部に片腕を回した。反対の手は薬草の瓶を取り落してしまわぬよう、それを手に持った俺の胸の中で、凪が恐恐と身体の強張りを解く。
「……っ、光秀、さん…?」
「怪我はないか、凪」
踏み台に上がっている所為で、俺とほとんど変わらない目線になっている凪が背後を振り返る。背から伝わってくる鼓動は早鐘を打っていて痛々しい。不安げな声で名を呼ばれ、腹の奥底から冷たいものが湧き上がった。俺の問いかけを耳にし、触れ合っている低い体温に落ち着いたらしい凪が小さく頷く。傍に控えていた光忠や家康があからさまに安堵している気配を感じ、志乃姫へ視線を流した。
「志乃姫様も、お怪我はございませんか」
「はい……私は大丈夫です。ご心配くださりありがとうございます、光秀様」
いつもと変わらない声色の中に潜む、鋭利な感情を顕著に感じ取ったのは恐らく光忠だけだろう。だが、家康も何か異変を雰囲気で察したらしく、凪の傍まで近付いて来る。志乃姫は自らを気遣われたと思ったのか、弱々しい声で礼を紡いだ。
「凪、大丈夫?」
「家康……心配かけてごめんね、大丈夫だよ。光秀さんが助けてくれたから。ありがとうございます、光秀さん」
「お前が無事ならばそれでいい」