❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第3章 世の中は九部が十部
あちらでもどうやら許嫁の話題を持ち出しているらしい事を聞き取り、視線を流した。凪の驚く声がこちらまで届いたとあり、家康が許嫁の単語を聞き取って実に複雑そうな様子で眉間を顰める。好いた娘に白紙になったとはいえ、許嫁が居たという事実を知られるのは不本意だろう。凪はどうやら純粋に驚いたといった様子で志乃姫へ振り返り、声を上げてしまった事へ気恥ずかしさを感じたらしく、眉尻を下げながらばつが悪そうな表情を浮かべていた。
「いいえ、お気になさらず。凪様はとても面白い方でいらっしゃいますのね」
「そんな事はないですけど……騒がしくしてごめんなさい」
「謝らないでくださいませ。………あ、その上の棚にある薬草は何というものですか?」
「あ、これですか?これはちょっと取り扱い注意な薬草なんですけど、分量を守って使うと凄く万能なんですよ!」
「凪姫、手に取るならば私が」
「!!?だ、大丈夫です…あの、踏み台があるので」
家康と共に足を踏み出し、音も無く調薬場へ繋がる木戸へ向かった。上品な笑い声を上げる姫に対し、凪が素直に謝罪を述べる。ふと二人のやり取りに光忠が割り入った。恐らく取り扱いに注意するものと耳にしての事だろう。だが、日頃まるで凪を姫として扱う事の無い光忠へ、突如として姫扱いをされた事に衝撃を受けたらしい娘が、目を白黒させて狼狽えつつ申し出を断った。高い位置の棚まで手が届くようにと誂(あつら)えた木製の踏み台へ乗った凪が、姫の指し示した薬草の入った瓶へ手を伸ばす。
(……!)
さり気ない所作で凪が乗る台の傍に立った志乃姫が、光忠の死角になる位置で足先を動かした。自身の行為に集中しているとあり、木戸を静かに開けた俺の存在に気付かない様子で踏み台をわざと揺らす。
「わっ…!?」
「凪…!」
「きゃあ…!凪様…!」
「!?」
突如足元が揺れた事に動揺した凪が、薬草の入った瓶を持った状態で体勢を崩した。