❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第3章 世の中は九部が十部
「話を逸らさないでくださいよ……はあ、別にいいですけど。それと、志乃に関して妙な勘繰りは止めてください。あれは幼馴染みたいなものですから」
「ほう……?」
声量を控え、調薬場内に居る凪や姫に聞こえないよう会話を交わす。それにしても、家康と志乃姫が幼馴染の間柄とは驚いた。あの家康が面倒を見ている時点でそれなりの付き合いかと予想していたが、俺の勘は外れていなかったらしい。
「許嫁の話題も一時期上がりましたけど、もう何年も前に白紙になりましたし」
「そうか、まあ今の時勢であれば珍しい話ではないな」
そもそもこの乱世では、家同士の結束を固める為に交わされるのが婚姻だ。大名家や古くから続く、あるいは上位の武家に自由恋愛がまず許される事はない。大概が許嫁制であり、生まれた瞬間から相手が決まっている事もままある程だ。俺は一族が離散している関係で、その辺りのしがらみに囚われる事なくこれまで生きて来たが、今川に従う事を余儀なくされていた時期こそあれ、徳川も立派な武家の一門だ。許嫁のひとりふたり居たところで何ら驚く事ではない。
「ところで凪様、家康様とは薬学の師匠と弟子の間柄と先程お訊き致しましたが……とても仲が宜しいのですね」
家康と言葉を交わしながらも、意識は調薬場内の方へ向けられた。耳を澄ますと、志乃姫が凪へ家康との仲を訊ねている会話を拾い上げる。あれこれと棚に収めている薬草の話や、かうんたー内の設備を説明していた凪が不思議そうに首を傾げている姿が視界の端に映り込んだ。
「仲は良いと思いますけど、多分志乃姫様よりずっと付き合いは短いですよ。四ヶ月前……えっと、四月(よつき)前に会ったばっかりですし」
「まあ、そうだったのですね。私は幼少の頃……まだ家康様が竹千代様と呼ばれていらっしゃった頃からの付き合いになります。いっときは許嫁でもあったのですよ」
「えっ!?家康って許嫁居たんだ…!?……あ、すみません…ちょっとびっくりしちゃって…」