❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第3章 世の中は九部が十部
「いえ、私などまだまだ未熟者でございます。家康様が安土に向かわれて暫く、私の学びは止まったままですので……姉妹弟子と申しましても、今や凪様の方が家康様より得た知識を皆様へご立派に役立てていらっしゃいますので」
「そ、そんな事は……!でも、今まで薬学が好きな女の人には出会った事がなかったので、こうして志乃姫様にお会い出来て嬉しいです」
「私もです、凪様。どうか仲良くしてくださいね」
「はい、こちらこそ宜しくお願いします」
果たして姫が一体何に腹を立てているのか、会話の端々からその真意を推し量る。表面的に見れば実に謙虚な物言いの姫だが、上辺だけの賛辞を並べている事など一目瞭然だ。凪にその研ぎ澄まされた怒りが伝わっていない事が、せめてもの救いというべきか。巧妙に隠しているつもりなのだろう茹だるような怒りを、笑顔の裏に潜めている姫の姿を注意深く見つめる。その瞬間、姫と視線がぶつかった。
(……やれやれ)
志乃姫は僅かに頬を朱に染め、すぐ様視線を逸らす。小さく胸中で溜息を吐き出すと、表情には出さないまでも呆れを滲ませた。俺のまとう雰囲気に聰い光忠が気付き、端からあまり良い印象を抱いていなかっただろう姫へ向ける視線が、更に冷たさを帯びていく。どうやら程度に差はあれど、恋多き姫君といったところなのだろう。
凪が調薬場内を案内する為、かうんたー横にある木戸へ姫をいざなった。光忠に視線を流せば、俺の意図を汲んだ男が緩慢に瞬きをする事で了承を示し、凪の傍に控えるべく足を向ける。凪と志乃姫、光忠が先んじて調薬場内へ向かったのを視線で追った後、家康の傍へと軽く近付いた。
「……こんなところで油売ってていいんですか、光秀さん」
「この辺りに用事があってな。もののついでに立ち寄ったまでだ」
「どう考えても、この辺にあんたが用事ありそうな場所なんてないと思いますけど」
「ところで家康、あの志乃姫とは一体どのような関係だ。必要以上の人付き合いを嫌うお前にしては、随分と面倒を見ているようだが」