❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第3章 世の中は九部が十部
「こちらこそ初めまして、凪といいます。どうぞゆっくりご覧になってくださいね」
家康が徳川所縁の姫、伊奈家の志乃姫を紹介する。名を呼ばれた姫はあくまでも傍に立つ家康の半歩後ろから動く事なく静々と頭を下げた。家康の髪色に近い明るい髪を腰まで長く伸ばしたものの毛先を結紐で束ね、伊奈家の家紋である右二つ巴紋が刻まれた打ち掛けに小袖をまとった姿は、確かに如何にも育ちの良い姫然としていた。
穏やかな気性を思わせる容姿は一般的な目線で見れば整った部類に入るのだろうが、生憎と人の美醜にさして興味の無い身としては、これといった感想はない。志乃姫が頭を下げた様を前にし、凪も応えるように愛想良く頭を下げる。
(家康達が入って来た時は些か緊張していたようだが、姫と歳の頃が近いとあって多少肩の力も抜けたらしい)
強張りの見えない、いつも通りな様子の凪を視界の端に捉え、内心安堵を滲ませる。凪は俺が以前贈った天色(あまいろ)の小袖に、白地へ銀糸で桔梗が刺繍されている打ち掛けをまとっていた。仕事着にすると喜びながら宣言していた通り、凪は調薬室で仕事をする際、好んでその一式をまとっている事が多い。互いに笑顔で挨拶を交わし合う様は一件すると穏やかにも見えるが、不意に志乃姫の眼差しが凪を映す。
(……まるで値踏みしているかのようだな)
他の者を誤魔化せたとしても、残念ながら俺の目はそうはいかない。相手の視線が何処に向けられ、何を注視しているのかを見抜く事など造作もない。ほんの僅かな間に凪へ注がれた志乃姫の眼差しは、とても友好的な色を帯びているようには見えなかった。
値踏みとは言い得て妙といったところで、姫はまず凪がまとう打ち掛けと、その柄へ視線を走らせている。織田木瓜(おだもっこう)の家紋でない事を見定めているのか、反物の質自体を図っているのか、あるいはその両方か。凪がその眼差しに気付いていない事がせめてもの幸いといったところだ。さて、ではひとまず様子見といこう。