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❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第3章 世の中は九部が十部



「凪、今大丈夫?」
「うん、平気だよ」

姫の城内散策の案内役を務めている家康が、障子戸の向こうから声をかけて来た。恐らく中にこの娘以外が居る事にも気がついているだろう。凪が入室の許可を出すと、静かに障子戸が開かれた。凪の調薬室は西側に面しているとあり、陽が傾いて来る時分になると強い西日が射し込んで来る。橙色の強い光が板張りの床を染める中、左右に開いた障子戸の向こうに、家康とその隣に小柄な娘が立っている姿が映り込んだ。

その背後には家康の家臣と、姫の護衛役だろう者達がそれぞれ十名あまりずつ続き、仰々しい雰囲気を醸し出している。まあ、同盟締結後とはいえ何があるか分からないのがこの乱世だ。家康の家臣達はさておき、姫側の護衛は未だ気を張り続けているという事だろう。

「………うわ」
「これはこれは家康公。信長公より客人の案内役を仰せつかったと耳に致しましたが、斯様(かよう)な場まで足を運ばれるとは実に甲斐甲斐しい事で」
「……別に、志乃(しの)が凪の調薬室をひと目見てみたいって言うから連れて来ただけ」

調薬室の待合場内に居た俺や光忠の姿を捉え、家康が心底面倒くさいと言わんばかりに小さく零した。どうにも光忠は家康に絡みたがる傾向にあるらしい。まあ分かりにくい従兄弟なりに、家康とは距離を縮めているようで何よりだ。家康の方は心底迷惑しているように見えるが。

慇懃(いんぎん)無礼は今に始まった事ではない。実に丁重な所作で一礼をして見せた光忠は、口元に真意の読めない笑みを浮かべて揶揄する。大きな溜息をあからさまについた男が、何処となく凪を気にして否定した。要するに、件(くだん)の姫との仲を他ならぬ凪に誤解して欲しくないという事だろう。

「仕事中にごめん。こっちは俺の遠縁にあたる伊奈(いな)家の息女、志乃。あんたと歳も近いだろうし、仲良くしてやって」
「初めまして、凪様。志乃と申します。お忙しいところをお邪魔してしまい、大変申し訳ありません」

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