❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第3章 世の中は九部が十部
俺の問いへ大きな黒目を幾度か瞬かせた娘が、自信なさそうに音を並べる。格子に遮られている所為で、軽く俯いた状態の凪の頭に触れられない事は些か惜しいが、致し方ない。代わりに指先を顎にかけてそれをすくい上げ、俺と視線を合わせるようにさせた。大きな黒い猫目が微かに瞠られたのを認め、薄く微笑を浮かべてみせる。
「既に答えは得ているだろう。お前はお前の心のままに振る舞え。どの道、一人で先方と顔を合わせる訳ではない。何か下手を踏んだところで、俺や光忠が補佐すればいいだけの事だ」
「光秀さん……ありがとうございます。そうですよね、変に取り繕ってボロが出るくらいなら、最初からありのままの方がいいかもしれません」
「ああ」
それでなくとも、安土城にはこの娘に対して過保護な者達が多く居る。万が一何かしでかしたとしても、然程大きな問題には発展しない筈だ。俺の言葉へ静かに耳を傾け、吹っ切れた様子を見せた凪が笑顔を浮かべる。思い切りの良さも凪の長所のひとつであり、迷いの晴れた様へ短い相槌を打った。
(やれやれ……我ながら甘い事だ)
本来ならば今後も同じような機会が巡って来ないとは言い切れない以上、ある程度織田家の姫として教養や礼節、仕草などを一通り学ばせなければならないのだが、まあそれは追々俺が教えてやるとしよう。そもそも、今急拵(ごしら)えであれこれ詰め込んだところで、どうにかなるものでもない。凪にはどうにも甘くなってしまう自覚を抱きながら、ふと廊下の向こうに幾つもの気配が近付いて来た事を感じ取り、視線をさり気なく流す。光忠も気がついたらしく、布擦れの音ひとつ立てないままに立ち上がり、かうんたー横の木戸から出て来た。
「参られたようで」
「そうらしいな」
「えっ…!?もしかしてお姫様来られたんですか?」
控えた声量で短く告げて来た男へ相槌を打つと、凪が慌てた様子で小袖や打ち掛けの裾、髪を軽く直した後で光忠の後を追うように木戸から出て来る。程無くして廊下の向こうに複数の気配が更に近付き、やがて調薬室の入り口前で止まった。