❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第3章 世の中は九部が十部
後ろ手に障子戸を閉ざし、入り口前に立つ俺の存在に気付いた凪が明るく弾んだ声を上げた。声色だけで喜びが垣間見える素直な恋仲へ口元を綻ばせ、かうんたーとやらの前まで距離を詰める。内側で開閉可能な御簾(みす)を上げると、凪が縦格子の向こうから顔を覗かせた。調薬場内には光忠の姿もあり、俺を認めて静かに一礼する。
「休憩の時間以外に立ち寄ってくれるなんて珍しいですね。何かあったんですか?」
座卓の上には薬研(やげん)や乳鉢、すり鉢に薬匙などが置かれており、薬草独特の香りが鼻先を掠めた。予測した通り凪は在庫の薬を調薬途中であり、光忠は護衛がてらその手伝いをしていたといったところか。作り終えた粉薬を薬包紙に包む作業の手を止め、居住まいを正した姿で座している。笑顔のままで問いかけて来た凪へ意識を戻し、僅かに思考を巡らせた。
(さて、余計な心配を凪にさせる訳にもいかない。ここは上手く誤魔化すとしよう)
本来の目的を伏せ、何も知らせないままやり過ごす事に決め、口元に笑みを浮かべる。片手を伸ばして格子の隙間から指を差し込み、凪の頬についていた薬草の粉らしきものを拭った。
「なに、偶然近くを通りがかったものでな。恋仲が仕事に勤しむ姿をひと目見ようと立ち寄っただけだ」
さらりと少しの真実に嘘を混ぜて音にする。凪には悪いが、真実を明かすつもりが無い以上、その片鱗すら見せるような失策はしない。とはいえ、ひと目娘の姿を見たいというのは紛れもない本心だ。俺の言葉を真っ直ぐに受け取ったらしい凪が、嬉しそうに頬を綻ばせてはにかむ。
「そうだったんですね。嬉しいです、お昼に会ったばかりでまた会えるなんて、今日はもしかしたら光秀さんと縁があるのかも!」
「例えなかったとしても、無理やり結んで手繰り寄せるがな」
「じゃあ私はそれを更に固結びにしますね」
「頼もしい事だ」
(共に昼餉を摂った事がそんなに嬉しかったのか。声色が随分と弾んでいる。愛らしいな)