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❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第3章 世の中は九部が十部



「確か薬品庫の辺りだった筈だ。女中達に聞いた話じゃ、最近あの辺りに白い猫が住み着いてるらしいぞ」
「ただの猫ならば幾ら住み着いても構わない。鼠を捕まえてくれる有能な猫なら言う事はないんだがな」
「そいつは末恐ろしい猫だ。まあ城内に妙な鼠が増えないよう、猫みてえに目を光らせておくとするぜ」
「頼んだぞ」

薬品庫付近に住み着いている例の凪が名付けた猫は、殊のほか城内の者に知られているらしい。慶次の口から猫の話題が出て来るとは思わず、小さく肩を竦めて口角を持ち上げた。俺が発した言葉の遊びに気付いた男が、それこそ猫のような陽の色を帯びた目を眇める。明るい調子で言い切る男へ鷹揚に相槌を打ち、慶次の肩を軽く叩いて横を通り過ぎた。先刻薬品庫付近に居たという事は、向かう先は恐らく調薬室か。思案を巡らせながら進んだ後で一度立ち止まり、思い出したように慶次へ振り返る。

「例の白い猫だが」
「ん、なんだ?」
「名はみつひでというらしい。見かけたらせいぜい可愛がってやってくれ」
「……ははっ、なるほどな。爪立てられねえよう気を付ける」

俺が足を止めて発したそれを、暫し不思議そうに聞いていた慶次が、程なくして合点がいった様子で軽快に笑う。その言葉が果たしてどういった意味合いかは、推して知るべしといったところだな。



慶次と分かれた後、目的であった凪の調薬室へ向かった。俺の予想に反し、家康と徳川所縁の姫は未だ到着していないようだ。姫君が調薬室の様子を見学に訪れる関係で、一度診療と調薬の受付を閉めているらしく、普段は比較的賑やかな診療処通りは静まり返っている。曲直瀬(まなせ)殿の持ち場である診療処の入り口がしっかり戸締まりされている事から、あの御老体も一度席を外しているのだろう。凪は調薬の受付が無い時でも、基本的に中へこもって在庫の薬作りをしている事が多いと本人から聞いている。姫が見学に訪れる旨は護衛を命じた光忠辺りから聞かされているだろうと踏み、障子戸を開いた。

「邪魔するぞ」
「あ、光秀さん…!」

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