❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第3章 世の中は九部が十部
「光秀様に愛らしい一面があるとは驚きました。きっと凪様にだからこそ、お見せするのでしょうね」
「え……っ」
「出た、三成くんの無自覚天然攻撃」
些か覚束ない様子で握り飯を食べる三成が、まるで邪気の感じられない相槌を打った。次いで向けられた笑みと言葉に、凪が形勢逆転とばかりに固まる。頬を薄っすら愛らしく染めている様は実にいじらしい。虚を衝かれ、短い音を発して動きを止めた娘に対し、彼方殿が明るい調子で笑い声を上げる。三成としては悪意がないその物言いも、凪にとっては羞恥を煽るものでしかないとあり、隣で視線を手元へ落とした娘の眉尻が困った風に下げられた。
「こ、この話はこれで終わり…!」
「あ、逃げた。まああんまりからかうと凪の顔が林檎みたくなりそうだし、この位にしておくかあ。それより三成くん、ほっぺにお弁当ついてるよ」
「え……?お弁当ですか?」
言い切った後、握り飯に小さく口をつける凪を横目で見て、軽く肩を揺らす。手にした握り飯は湯気が立っているとあって暖かく、仄かに醤油の香りがした。それへ口をつけていると、彼方殿が三成を見て自身の頬を指先で指す。言葉の意味を計りかねたのは俺だけではないらしい。言われた当人である三成は無論、家康も不思議そうに首を捻る。
「お弁当ついてるって言い方まだしないんだ?えーと、ご飯粒ついてるよって事ね。ほら、ここ」
「……あ、すみません。ありがとうございます。日頃干し飯(ほしいい)ばかり食べている所為で中々慣れなくて……」
「どうせ干し飯食べててもこぼしてるだろ」
「はい、お恥ずかしながら家康様の仰る通りです。どうしても手元の書物に集中しがちでして。ですが、書物は汚しませんのでご安心ください」
「そこで自信満々に言うなよ」
弁当がついている、とは米粒がついているという意味だったか。凪が驚いていないところを見ると、五百年後の世では当たり前に使われている言葉なのだろう。