❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第3章 世の中は九部が十部
正直まだ腹はさして減っていないんだが、いただきます、と挨拶を紡ぎ、隣で嬉しそうに握り飯を手にしている連れ合いの手前、余計な事は何も言うまい。
「こうやって光秀さんと城内でお昼なんて珍しいですね…!」
「そうだな」
「むしろ明智さんって昼餉食べてるの?そんな風には見えないんだけど」
「政宗が無理やり口にねじ込んで来る以外は、食わない事の方が多い」
「光秀さん、政宗に無理やり食べさせられてるんですか?……可愛い」
「え、何処らへんが?凪の可愛いの基準が謎」
薄っすらと湯気の立つ握り飯を手にした凪が俺を見上げて来る。今日はその限りではないが、俺は基本的に城での公務と言いつつ、あちこちを回る事が多い。よって調薬室で昼餉を取る事の多い凪と、こうして昼時に顔を合わせる事は比較的珍しい。早速握り飯を食べながら、彼方殿が問いかけて来た。特に隠し立てする必要もないと事実を述べれば、凪の猫目が丸くなる。ぽつりと零したそれには同意しかねるが、この娘が時折そういった感想を漏らす事は珍しくはない。
「むしろ光秀さんには不釣り合いな形容詞だよね」
(まあそれに関しては俺も概(おおむ)ね同意だが)
真っ赤な握り飯を片手に、家康が半眼のままで紡ぐ。別に今更咎める事ではない上、凪が何を感じ、どう思うのかはこの娘の自由である以上、俺が口出しする事ではないが、家康の言う通り中々に不釣り合いな言葉である事に違いはない。
「でも光秀さん、意外と可愛いところ沢山あるよ?」
「知らなくていい事実って何事もあるでしょ」
大きな黒い猫目を瞬かせ、凪が首を傾げる。家康とて、恋敵である俺の愛らしい一面など別に知りたくもないだろうが、生憎と凪は家康が抱く感情に未だ気付いていない。凪を譲る気は毛頭ないが、その辺りは少々不憫だと思わなくもないといったところだ。一方通行の愛情を持て余す感覚は、俺にも覚えがある。