❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第3章 世の中は九部が十部
「でも、外に行かなくても職場の中でご飯食べられるし、色々便利なんだよ。勿論そこで食べないで、お弁当持って来たりする人も居るけどね」
「だが、賄(まかな)いの有無で多少なり士気も変わる。政宗辺りが聞いたら興味を示しそうな仕組みだな」
「むしろ政宗に社食開いて欲しいわ、絶対通う」
「確かに、美味しいご飯が毎日食べられそうだよね」
「凪も彼方も、あの人が武将で伊達家当主だって事忘れてない?」
「そんな事ないよ…!料理の腕を純粋に褒めてるだけ」
五百年後の世では、この乱世でおよそ想像もつかないような仕組みが幾つもある。俺は食事ひとつで士気など変わらないが、他の者達は存外そうでもない。まあ、美味い飯を食べる為に日々を生き抜いているという者も少なくはない時勢だ。食欲は生きる上で、人から容易に切り離せないものという事なのだろう。三段重なった重箱が二つ、それの蓋を開けると辛みを感じる香りが鼻先をかすめた。言うまでもなく握り飯の割に何故か真っ赤なそれは、家康の味覚に寄せたものだ。
「はい、これ家康の分ね」
「ありがとう」
「赤いなー家康くん。おにぎりの白がまるで見当たらないよ」
「家康様は本当に唐辛子がお好きなんですね」
「この位かかってないとはっきりした味にならないだろ」
光忠辺りが見たら確実に顔を顰める真っ赤な握り飯が並んだ重箱を一段渡され、家康がそれを自らの前に置いた。辛党の家康以外は皆同じ味らしく、重箱を一段ずつ渡される。微かな音を立て、俺の目の前にも白い握り飯が収められた漆器が置かれた。
「これは光秀さんの分ですよ」
「ああ、ありがとう」
隣に座る凪が、最後の段を自分の手前に置く。彼方殿が湯呑茶碗をそれぞれへ渡した後、書庫での奇妙な昼餉が始まった。漆器の中には笹の葉で軽く下部が包まれた握り飯が二つと、香の物が盛り付けられている。凪と彼方殿の分は男連中よりも一回り小さめに握られている辺りが、あの男の気遣いの具合をよく表しているようだ。