❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第3章 世の中は九部が十部
実際どういじめるかは気分次第といったところだが、出来ない約束はしない主義だ。曖昧な返答を述べて口角を緩く持ち上げてみせれば、家康があからさまな溜息を漏らした。俺が積んでいた書物を全て本棚の中へ収め終えたらしい彼方殿が、肩を竦めて呟く。……猫秀とは凪に懐いているという白い猫の事か。何故か家康がそれに対して口を挟み、状況を和やかに静観していた三成が、まるで邪気のない笑みを浮かべる。
「きっと凪様は、恋仲である光秀様の名をみつひでさんに名付けた事が恥ずかしかったのでしょう。光秀様へ内緒にされていたのもその為かと。ねこさんとも良い遊び相手になれるかもしれませんし、今度是非みつひでさんをご紹介して頂きたいです」
「お前の言い方だと無駄にややこしくなる。あとみつひでさんは他の猫にも興味無いから」
「もう何なのその猫、名は体を表すって言うけど、表し過ぎ」
他の猫にも興味が無いという事は、凪が名付けた猫も人を選んでいるという訳か。ともあれ、俺の知らないところで随分と愛らしい事をしてくれたものだ。あの娘と顔を合わせた折、何と言っていじめてやろうか。溜息混じりに彼方殿が零した拍子、書庫に繋がる廊下から人の気配を察して視線を向ける。足音を特に忍ばせていないとなれば、女中辺りか。
書庫は安土城内でも比較的奥まった場所に位置している。城勤めの者ならば誰でも持ち出し可能な書物とはいえ、何事においても情報が重要視されるこの乱世では、立派な機密のひとつだ。無関係の者がここへ足を踏み入れる事はほとんどない。となれば、こちらへ近付いて来る気配も、書庫に用事のある者と推測するのが妥当だが。
「お邪魔しまーす」
「あれ、凪じゃん!どうしたの」
観音開きの書庫の木戸を開けてやって来たのは、朝見送ったきりの凪の姿だった。両手で大きめな盆を持ち、その上には重箱や湯呑茶碗などが置かれている。友人が書庫を訪ねて来た事へ、彼方殿が切れ長の目を丸くした。