❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第3章 世の中は九部が十部
そこを変わってくれるというのは俺としても正直助かるといったところだ。幾つかの書物を抱えたままで、不意に彼方殿が振り返りつつ問う。これといって意図的に気配を断っていた訳ではないとはいえ、容易に気取られるようでは、敵国へ潜入する事もままならない。褒め言葉として受け取っておくとしよう。
「そうだな……彼方殿と三成が三国の話で盛り上がっている頃からか」
「それ私達が来た時には、既に明智さん居たやつじゃん」
「まるで気配を感じませんでした。さすがは光秀様です」
俺の返答を耳にして驚いた風な彼方殿が、書物を手慣れた所作で収めていく。三成が笑みを浮かべたのを余所に、家康は相変わらずの半眼でこちらへ視線を寄越した。
「要するに、最初からずっと聞き耳立ててたって事ですか」
何処と無く険のある物言いは、さしずめ俺の気配に気付けなかった事を悔しがっているといったところだろう。瞼を伏せる事で吐息に紛れさせた小さな笑いを零し、肩を竦めてみせると閲覧用の机へ軽く身を預け、胸前で腕を組んだ。
「聞き耳を立てていたとは人聞きが悪い。調べ物をしている最中(さなか)、何やら俺の名が聞こえて来てな。一体何事かと意識が向くのは当然だろう」
「ヤバいじゃん。猫のみつひでさんの事、思いっきり本人にバレてるし」
別にあの娘が猫に俺の姿を重ねて名をつける事自体は何ら構わないが、敢えて含みを持たせた物言いをすると、彼方殿が書物を片付けながら片頬を引きつらせた。凪が口止めしていたのは、おそらく俺に対してのみだったのだろう。俺がこの場に居るとは知らず、彼方殿や三成達に猫のみつひでの件を明かしてしまった家康が、些かばつの悪そうな様を浮かべた。
「……あの子の事、いじめないでくださいよ。話したのは俺の責任なんですから」
「それは出来ない相談だな」
「うわ、凪マジでごめん。私が猫秀の名前聞いたばっかりに」
「ちょっと、妙な名前つけないでくれる」