❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第3章 世の中は九部が十部
「ほう…?俺を疑うのか」
「その点に関しては正直あまり信用ないです」
(言うようになったものだ)
忖度(そんたく)や打算などなく、思うままに言葉を返される事は存外心地がいい。それを教えてくれたのもまた、目の前に居るこの娘だ。すっかり羞恥が絡む事以外では遠慮のなくなった淡い色の唇へ、軽く身を屈めるようにして自らのそれを軽く重ねた。柔らかな感触は甘く、いくらでも触れていられる程に中毒性がある。
「!!」
「生意気な唇には、お仕置きが必要だろう?」
口付けを深める事なく僅かに離し、吐息が交わる距離で見開かれた眸を覗き込んだ。口角を上げる自身の姿が、凪の澄んだ猫目に映り込む様を認めつつ、低く囁きかける。
「もう、光秀さん…!」
「おっと」
誰かに見られては困る、とでも言いたげな顔をした凪が、赤く染めた頬をそのまま冷ます事も出来ず、俺の胸を拳で軽く叩いた。仔猫に爪を立てられるよりも甘い抵抗は無論、痛くも何ともないが、わざと両手を軽く上げて一歩距離を取る。薄く微笑する俺を見た後、凪は慌てて周囲を見回した。周囲に誰も居ない事を確認し、肩を落としてあからさまな安堵を見せる。
「誰かに見られたらどうするんですか…!」
「安心しろ、まだこの周囲に人の気配はない」
「そういう問題じゃないですからね……朝から光秀さんにはドキドキさせられっぱなしです…」
「当然だ、お前を退屈させる訳にはいかないからな」
「この先もそんな事態にはならなさそうですね、光秀さん相手だと」
「それは僥倖(ぎょうこう)」
文句を言いながらも凪の表情には、嫌ではないと明確に書かれている。軽く上げていた両手を下ろし、片手で目の前にある凪の頭をひと撫でしてやると、困ったように笑いかけて来た。早朝に引き続き、こうして連れ合いの愛らしい表情が目に出来て何よりだ。名残惜しいがそろそろ俺も公務に向かう事として、凪の頬にかかった髪をそっと払う。